第21話 紡ぐ双唄

「はぁぁぁあ!」


 迸る気合いが、澄み渡った剣技を加速させる。白銀の刃が、堅い皮膚に突き立てられる。


「……ルル」


 それでも、鮮血が散るどころか深手にすらならない。現在王国最強とされる剣技が、届かない。


 それが何を意味するのか、アルバーンとリセッタは薄々気づいていた。


 自分たちでは敵わない。


 それが覆ることのない事実であり、王国最強などと名乗るには遥かに及ばないと自覚する。しかし、この場には自身しかいない。


 それが、仮に遠く及ばない実力だとしても、騎士であることには変わりない。

 ならば、やはりすべきことは分かりきっている。


「せあぁぁぁあ!」


 再度右手を振りかぶり、迅速の剣戟を浴びせる。並ぶリセッタも巨大すぎる剛腕を掻い潜り、正確な一撃を決める。


 今できること、それは、二分と限った時間を、少しでも伸ばすこと。自分たちではどうしようもないのなら、他を頼るしかない。誰かを頼るというのも、また勇気の必要なことだ。


 それを、騎士がやらねば誰がやる。


「シッ――――!」


 猛る闘気を剣に乗せ、絶えずその身体を動かすリセッタ。その真面目さが、彼女の長所だ。だが、今回ばかりは、それが仇となった。

 振り抜かれた拳が、構えなおされることなく、裏拳となってリセッタを襲った。


「――――っな⁉」

「リセッタ――――!」


 反応の遅れた女騎士が、剛腕の餌食になる寸前、閃光がぶつかり束の間の隙を作りだす。かばわれたリセッタは、ごろごろと地面を転がり、かろうじて直撃を免れる。しかし、真っ向から攻撃を受けたアルバーンは、その手に握る長剣をギチギチを震わせて、なんとかオーガの太腕を受け止めていた。だが、腕は一本ではない。


 無手とは逆の、蛮刀を持った腕が、苦痛に顔を歪めるアルバーンに叩きつけられる。分厚い刃が鎧を粉砕した。


「ぐぁ――――⁉ かはっ――――」


 勢いそのままに地面に叩きつけられたアルバーン、握っていた長剣は右手を離れ、眼前に転がっていた。

 少し離れた位置で、同じように地面に伏しているリセッタは、立ち上がろうと身体を動かしているものの、先ほどの余波で予想以上にダメージを負っていたらしく、まともに動けていない。


 結局、二分と少ししか持たなかった。リラがディレと呼んだ少女の力は、思っていたより大きかったらしい。抜けが生じた戦力では、太刀打ちできなかったということか。


「っくそ……!」


 悪態をついてもどうしようもない、そんなことは誰だってわかっている。しかし、自分の不甲斐なさを責めるには、そうするしかない。

 いや、そんなことは後ですればいい。今できることを考えろ。


 立て、立つしかない。騎士にできるのはそれぐらいだ。


 届かぬ愛剣に手を伸ばし、残る力を振り絞って足を動かす。もう少しで指が剣に届く、その刹那


「グアァァァァア!」


 勝利の確信を得たことによる雄たけびか、或いは邪魔者を排除した歓喜か、実際はどうあれ、悪魔のような咆哮を、オーガは響き渡らせた。


 すなわち、とどめを刺しに来る。


 くたばった人間など、オーガにしてみれば蟻を潰すより簡単だ。

 大きすぎるその掌で握りつぶせば雑作もない。


「グルゥゥゥ」


 やはり確実に仕留めることにしたらしいオーガが、一歩こちらに向かって踏み出した。あの巨体だ、数歩でたどり着く。


 立て、立たなければ死ぬ。死ぬ、それでは意味がない、やっと出会えたというのに、やっと、見つけたというのに、やっと――――


「「スペル・チェーン」」


「グラゥ……?」


 滑らかな簡略詠唱が、知らずの間に焦り出した騎士の耳を打った。


 光り輝く魔力の鎖が、緑の怪物に纏わりつく。動きが止まった、しかし、それは既に破られた術のはずだ。今に砕かれてしまう、それなのに一体?


 2度目の不覚をとったオーガは、その身体をこれまで以上に振り動かして、自身を縛る鎖を解こうとする。


 しかし、2度目だからこそ、そう簡単には解けない。


 理由は単純だ、術の使い手が、その意志力を総動員して維持しているから。


「アル、ごめんなさい。遅くなった」

「――――ッリラ……!」


 ゆっくりと、アルバーンとリセッタの前に立ったリラ。アルバーンよりも確実に深手の傷を負っているはずなのに、その背中には確かな想いが宿っている。


「あとは、ディレと私に任せて」


 振り返り、軽く微笑みながらそう言った。


「ディレ……!」

「ん……」


 隣に並ぶ少女に声をかけ、その右手を暴れるオーガに向ける。同じように、紅い少女も左手を掲げた。


 二人の周囲に魔力が収束し始める。夜空に煌めく星々のように、輝きを振りまくそれは、アルバーンがこれまでに目にしたことのある魔法のどれよりも美しく、そして、どれよりも異常な量だった。


 恐らく、彼女の使う呪術が関係しているのだろう。高位の術になればなるほど、比例するように行使に必要な魔力量は増す。

 ただ、それでも違和感を覚えるほどの膨大な魔力。一人、、で扱うには危険ともいえる量だった。


 とはいえ、アルバーンは何も言わない。それは、彼女を信じているからでもあり、彼自身、先ほど自分の力不足を自覚したばかり、余計な事は言えまい。


 未だ己を縛る邪魔な障害を取り除くべく、その身体を執拗に震わせているオーガ。しかしそのおかげでこちらの動きに気づいていない。


 それを確認したリラは、ゆっくりと息を吸い、そして、吐いた。

 その横で、紅の少女も続くように息を吸った。


「「――――罪を認めし者よ、罪に苦しむ者よ」」

「「……見えざるものを捉えるな、聞かざるものを感じるな」」


 騎士団の剣閃が絶えぬ中、傷ついた騎士の長の目の前で、慰めのような詠唱が紡がれる。純粋で、正確で、滑らかな詠唱が、荒れた戦場を包みこむ。


「「何がなんじを戒めた、何が汝を呪縛に留めた」」

「「それは理を超える咎、それは彼方かなたの強欲だ、なおも無我に求めるなら」」


 紺と紅の二色の唄が、荒れに荒れ、振り乱された心を漱ぐ。それは敵を葬りさるはずの詠唱で、或いは最悪の呪術のはず。しかし、今はそれだけではない。


「「神よ、愚かなる我が声に応え、今一度力を赦されたし。愛たる呪縛、その鎖をほどけ」」

「「一つ制裁を此方こなたが下す、不可視の刃にその身を削れ、永久の牢獄で過ちを正せ」」



「「ディスペル・カース!!」」

「「プリズン・ウィンド…!」」


 途端、全てを拒む暴風が周囲に吹き荒れた。

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