第18話 濃紺の瞳

「~~~~~~‼‼」


「「「「⁉」」」」


 リラが覚悟の足らない騎士を急かそうと、言葉を重ねようとした時だった。


 鼓膜を貫くかのような爆音が、彼らの聴覚を蹂躙した。


 誰しもがその音の方向を確認する。しかし、視線の先にあるのは、鬱蒼と草木の茂る、薄暗い森ばかりだった。


 否、それは間違いだ。


「――――⁉ 何か来る……!」


 いち早く異変に気付いた騎士団長は、リラから遠ざけていた自身の剣を引き抜いた。最低限の装飾が施された、シンプルな剣。その実用性の高さが見て取れた。いつかの元騎士団長とは大違いだ。


「総員、剣を抜け‼」


 副騎士団長の命令と共に、シャランと刃と鞘の擦れる音が連続する。

 流石は王国騎士だ、行動が早い。


「~~~~~~‼‼」


 二度目の爆音が周囲に響き渡り、ガサガサと草木が揺れる。

 そして、遂にその音源が姿を現した。


「なっ———!?」


 その姿に、騎士団長が声を漏らした。茂みから現れたそれは、村の家屋を悠に超える巨体だった。緑の肌に多くの傷跡が痛々しく残り、右手には使い古された蛮刀が握られていた。肉厚の刃には、紅い染みがこびり付いている。


 ディレは、その色に見覚えがあった。血濡れた刃は、一体どれだけの時間かわからないほどに、握っていたのだから。


蛮亜人オーガ!?」


 リラも思わず声を上げた、しかし、相手に対しての驚愕ではない。

 この場に怪物モンスターがいることがおかしいのだ。この村には絶対に入れないはず、この村には、リラが自ら結界、、を張ったのだ。


 村を怪物の脅威から守るため、リラの中でも最強位の術を張った。しかし、それが突破されている。それは、明らかな異常事態だった。


 見上げるほどの巨体は、突然現れた人間に戸惑っているようだった。ディレ達を交互に見やり、まるで獲物を決めかねるように目を細めている。


 しかし、更に間の悪い事態が起こった。


「リラお姉ちゃ〜ん!!」

「フィール———!?」


 村の方から一人の少年が駆け寄ってきた。リラの名を叫びながら、事態を理解せず走り寄る。そして、オーガの視線がフィールへと向いた、その口元を卑しく歪める。


 迅速の剛腕が、握る刃を振り翳す。


「フィール!! ダメッ!!」


 瞬間、リラが飛び出した。


 右手をかざし、手のひらに魔力を収束させる。そして、本来必要な手順を飛ばして術を発動する。


「グルゥ———!?」


 怪物の足に、光の鎖が絡みつく。巨体の踏み込みを防ぎ、振り抜かれた刃が、リラの眼前を薙ぎ払った。


「フィール、早く逃げて……!」

「お姉ちゃん……!?」

「早く……!」

「うわぁ!」


 リラの異変に気づき、そして怪物に気づいたフィールは、悲鳴をあげてその場から離れる。向かった先は、ディレだった。

 ディレの足に抱きつくと、その膝をガクガクと震わせている。


「……リラ!」

「ディレ……フィールをお願い! アル、このまま切り伏せて!」


 全身を震わせて、術の維持に全力を注ぐ。相手はリラの結界を破った強者、さすがのリラでも長時間の相手は不可能だ。こうしている間にも、オーガは鎖を振り解こうと暴れている。


「グルゥゥゥゥウ!!」


 ギチギチと金属を響かせながら、抵抗するオーガ。

 何が最善かは一目瞭然だった。リラがオーガの前に立っている今、注意が逸れているその隙をついてアルバーンが攻撃をすれば、『破滅の魔女』と怪物を一掃できる。


「しかし……!」


 そんな覚悟を決めることはできない、それは、真の意味では騎士道にすら反する行いだ。それに、やっと再会できた相手を、敵ごと葬るなど、できなかった。


 しかし、迷いを捨てきれない騎士を嘲笑うように、オーガは雄叫びをあげて腕を振るった。


「グラゥ———!」


 ガシャンと鎖が砕け散り、勢いそのままに剛速の斬撃が、リラを襲った。


「きゃっ!?」


 術を行使するので精一杯だったリラは、その小さな身体を体現するかの如く、軽々と吹き飛ばされた。


「かふっ———!」


 そのまま地面に叩きつけれる。受け身なんて取れるはずもないリラは、出鱈目な威力をその身で全て受け止めた。


「リラ———!」


 もう、我慢などできなかった。右手に握る大鎌が、主の意思を代弁するかのように陽光を受けて煌めく。


「リラ、大丈夫か……!」


 あまりの出来事に思考が停止した騎士団長が、いち早く我に返りリラに駆け寄った。その役は本来ディレの物だ、なんて思考はとうになかった。


「ぅう……ディレ……お願い」


 肉厚の刃に切り裂かれた腹部を抑えながら、自動人形の主人はそうお願いした。

 言葉が言葉になる前に、ディレは既に動いていた。


 ディレの中にあるのは、主人を散々な目にしてくれた相手への怒り、そして、主の命令をただ守ることしかできなかった自分への怒りだ。


 その全てを、握る刃に込める。


 跳躍したディレは、音も風も置き去りにして、体勢を立て直した怪物に向けて切り掛かった。


 紅い閃光が閃く。


「———!?」


 しかし、様子がおかしいことに、地面に降り立ってから気づく。

 浅かったのだ、明らかに。ディレの全力の斬撃で、苦鳴すらあげていない。

 見ればディレが切り裂いた胸元は、薄く皮膚に傷がついているだけで、血液すら溢れていなかった。


「グルゥ……?」


 こんな物かと嘲るように怪物が唸る。


「っ……この!」


 癪に触ったディレは、再び足を動かして、怪物に接近した。大鎌を大旋回させ、加速させる。自身の最高速に到達したその刹那、思い切り投げつける。


 ドガ


 確かな手応えで刃が怪物を刻む。

 しかし———


「ルルルゥ……」


 牙の並ぶ口元から溢れたのは、まるで呼吸のような吐息、それだけだった。


「っな……?」


 回転力を弱めた鎌が、その場で停止すると、飛び交う羽虫を祓うが如く、左腕でバシンとはたいた。弾き返された大鎌が、主人の手元へと戻る。


「………」


 正直、戦慄していた。ディレがここまでして、まともな傷一つつけられないとは。

 自信を持って飛び出した癖に、この様とは。


「アル……ディレに……ついてあげて」

「……わかった。リセッタ、僕は行く。あとは任せた」

「———! ……了解しました」


 リラをそっと膝から地面に下ろし、アルバーンは飛び出した。

 ディレの隣に降り立つと、握る長剣をオーガに向けた。


「共闘だ、無礼かもしれないが、許してほしい」

「……リラが言うなら仕方ない」


 ディレの様子を見て、敵の強さは明白だ。それも、最恐と謳われた自動人形が歯が立たなかった。それは、王国最強の騎士団長ですら、危ういかもしれないということだ。


「微力な僕だが、全力で行く」

「……足手纏いには、ならないで」


 紅き疾風と、蒼き閃光が同時に吹き閃いた。

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