第17話 追憶の別れ
「追えー! ガキが逃げたぞー!」
煌々と燃え上がる炎が、暗くどこまでも広がる帳を照らす。
大きな焚火の燃料になっているのは、魔法の研究で成果を上げた名家の屋敷。
『ノクトルナ』その血筋の権威を現すため、王国の中でも有数の大きさを誇る洋館。
紅く燃え盛る城を背に、息を限界まで切らせて走る少女が一人。
その小さく華奢な身体に、豪奢に装飾の施された、
靴を履かず、足の裏を血で染め上げながら、逃げるように足を動かしている。
いや、実際逃げていた。後ろを振り返らず、目の前に鬱蒼と生い茂る木々の葉を見て。
「っ! いたぞ! 捕まえろ‼」
「――――っ!」
背後でがなり立てるような声が聞こえ、小さな肩を震わせる。しかしその足を止めることはない。
ガチャガチャと金属音を響かせて、疾走する音が少女の耳にも届く。
ひっとらえろだの、殺せだの、散々な暴言を吐きながら、着実にその音は近づいてくる。
「はっ……はっ……」
捕まるわけにはいかない。捕まれば殺される。
お父様も、お母様も、殺されてしまった。
自分だけは逃げなくてはならない。最後ぐらい、両親の願いを聞きたい。
ぐるぐると回る思考の中、たった一つのことを想い続け、少女はひたすらに足を動かす。しかし、火の海になった屋敷から飛び出してきた時点で、彼女の体力はもう限界だった。だんだんとスピードが落ちてくるのが、自身でも理解できた。
一歩でも前へ、そう必死に逃げる少女の思いとは裏腹に、まるで呪いのように、自分を追う音は途絶えない。
「この、手こずらせやがって!」
「――――っあ!」
全身を鎧に包んだ兵士が、自分の背後、すぐ近くにまで迫っていた。
このままでは確実に捕まる。しかし、これ以上のスピードは出せない。石や破片が突き刺さった足裏がジクジクと痛む。やけどを負った頬は、黒く焦げ付いている。
「この野郎っ――――!」
兵士がガントレットに包まれた、重々しい手を伸ばした。長くたなびく少女の髪を掴もうと、必死に手を伸ばす。
あと少し、もう手が髪に触れるか触れないかの所まで達する。少女の体力は限界で、兵士はまだ少しだけ余裕があった。
その口元に、手柄を手にする喜びが現れる。
「ガキぃ――――!」
片手に握っている剣を投げ捨て、両手でその髪を掴もうと伸ばす。しかし、少女の様子がおかしいことに、今更ながらに気づいた。
「「―――よ――――で―」」
「っ⁉」
少女の周囲に、魔力が漂っている。気づけなかった、当然だ。捕らえることに夢中で、他のことには目もくれていなかった。いつの間にか、背後から別部隊の兵士が加勢に入っていることさえ気づかなかった。
「グラン! 離れろ! 死ぬぞ――――!」
だから、そんな注意すら届かなかった。
「「――――不死の炎で焦がし包め」」
「詠唱⁉ 走りながらだと⁉」
遅すぎた、あまりにも。そして、その後に何が起きるか、彼は知っていた。
それは、一時期王国を震撼させた、英雄の大魔法にも匹敵するほどの呪術の詠唱だったからだ。
しかしそれは、本来ノクトルナ当主の物であり、それはつい先刻息絶えたはずだった。
だから、警戒などしなかった。少女が、呪術を使える可能性を。
「「ブレイズ・ノクターン‼‼」
「ぐあっ⁉」
足に
「ああっ⁉ ぐ、あああぁぁぁぁあ‼」
焼けつく痛みに思考を乱され、その場で膝間づく兵士。その間隙をついて、少女は離れていく。彼女を追うものはもう誰もいなかった。その場にいた全員が、彼女の業火に悶え苦しんでいたからだ。
窮地を乗り越えた少女、それと同時刻に、燃え盛る屋敷を前にして、そこには居ない少女を想う少年が居た。
幼いながらも騎士団に抜擢された彼は、その剣力から、部隊長を任命されていた。
そして、『ノクトルナ』の処刑任務を任されていた。
しかし、彼の部隊が到着する前に、同じ任を任されていた
「ごめん、リラ。間に合わなかった……」
そう、悲しみを湛えた瞳を伏せながら、呟いた。
数年後、彼が騎士団長となり、彼女が魔女となるまで、二人が出会うことはなかった。
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