第16話 運命の再開

「———リラは、僕の許嫁だ」

「っな!? そ、それは———!? もしや彼女が⁉」


 突然の告白に、時間が止まったかとも思える静寂が訪れる。

 しかし、その空気を壊すように、リセッタが口を開いた。


「そのままの意味だ。リラ、僕を覚えているかい?」


 しかし、当人は詳しく答えず、逆にリラに問うた。

 それを受けて、リラは戸惑いながらも口を開く、しかし、紡がれたのは肯定と否定の入り混じった答えだった。


「……ええ、でもそれ許嫁は昔の話」

「何故? ……僕では嫌なのか?」

「そうじゃないの……私は、ノクトルナは追放された身、今更貴方とどうこうなんて……」


 ノクトルナ家は国王の怒りを買い、ここまで落ちてしまった。それに、今や一人となった家と婚姻を結ぶ利益も無い。しかし、そんなものはどうでもいいとアルバーンは切り捨てる。


「僕は気にしない」

「なら、なんで今更……!」

「違う! 僕は君が生きていると思っていなかったんだ! あの時、君は……だから僕は今嬉しいんだ、君とまた会えて」

「嘘……」

「国王は魔女の詳細については語らないんだ、僕らは『破滅の魔女』が誰なのか、知らないでいた」

「……っ!」


 言われて思い出す、副騎士団長であるリセッタも、リラを目にした時そんなことを口にした。「「貴様が『破滅の魔女』か?」」と。


「僕は正直、君の母上だと思っていた、そんなことをする方だとは思っていないが……」


 瞳を閉じ、何かに思い馳せるアルバーン。許嫁である彼は、リラの母親にも少なからず面識はあった。


 故に、国王の言う魔女、、とは、一体何者かなのか? アルバーンは疑問に思っていた。


 国王は、憎しみのあまりリラが少女であることを公言しなかった。だとしても、反逆者の一族とはいえ、年端も行かない少女を魔女と呼び、追い回すなど王としてはいささか逸脱しすぎている。


「騎士団長! あなた様のお知り合いであることは承知いたしました。しかし、彼女は……!」

「……君も気づき始めているんだろう? それとも、一瞬でそこまで落ちたのか?」

「———っ! ですが! 彼女は呪術使いです、この目で確かめました」


 そう、一度リラは呪術を発動している、それは外から見てもわかるものだった。村全体に行使するには、仕方がなかった。


「剣を引けリセッタ、リラはそんなことはしない。これは贔屓しているわけじゃない、彼女の目を見れば分かる」

「……っな」


 真剣にリラだけを見つめるアルバーン。その視線に息を吞むリセッタ、しかし、それでもまだ彼女は納得ができなかった。しかし、アルバーンは呆れたように首を振るばかりだった。


「僕がここまで言って信じられないのか? 彼女は一粒も魔力を纏っていない、戦う気なんて無いんだ」


「それは……しかしあの大鎌の少女は———!」


 意思表示に腕を振る。目の前に居る少女は、例え何であろうと、最悪の魔女に代わりはない。今まで信じてきたものを崩されるのは、誰だって怖い。


「あの刃はどこに向いている、僕らか? それは否だ、下に向けては先手は取れない。元々あの後ろにはリラがいたんだろう?」

「———!」


 憶測で事実を射抜き、自身の部下を言葉でねじ伏せる騎士団長。それは、ある意味では、一団の長としては正しかった。


「………」


 終始、その会話を聞くことしかできないリラ、しかし彼女もただ黙り込んで、その場で立っているだけではなかった。もっと言えば、彼女が一番、この場で行動をしていた。


 思考、、、という名の行動を。


「しかし、それでも聞いておく必要はある。リラ、この一件は、君なのか?」

「……違う、私じゃない」


 真っ直ぐな瞳をリラに向けて、自身の推測を確信に変えようとするアルバーン。事実その目的は達せられる、故に彼は決めた。


「……僕はそれを信じる、だから今日はもう――――」


 王都に帰る、そう続くはずだった言葉を、聞かされていた本人が遮った。


「———待って」


 重々しく、何かの籠った声色。その場の誰もが聞いて取れた、その待ったには、覚悟の色が含まれていると。

 それぐらい、彼女が発するには重すぎる声だった。


「アル、剣を抜いて」


 ゆっくりと許嫁であるアルバーンの前へ行くと、リラはそう言った。

 ディレは聞き間違えか何かかと思った、そう感じて仕方のない内容だった。彼女は剣を抜け、と言ったのだ。剣を引けと部下に命令した人物に向かって。


「この剣で何をするんだ?」


 リラの要求には応えず、その右手を剣の柄に乗せる。おそらくは、彼女に抜かせないためだろう。ディレだってそうする。


 シンプルなアルバーンの問いに、リラもすぐに答えた。


「私を斬って」

「……は?」


 単純で簡潔、逆に理解できないセリフが、冷静たる騎士団長からそんな疑問符を発させた。言葉をただせば、理解できないではなく、理解したくない内容だったの方が正しいか。


「リラ、何を……?」


 様子のおかしいリラに、その剣を触れさせまいと一歩後ずさる。

 しかし、リラもまた一歩アルバーンに近づいた。


「今あなたが見逃してくれても、どのみちまた私を追うことになる。そうでしょ?」

「……それは」

「なら、今ここで私を斬って。アルに斬られるなら私も本望」

「何を言い出すんだ! 僕はできない!」


 先刻のリセッタに対して放った言葉よりも明確に、自身を斬れと言葉を重ねる。

 それに応えるはずもないアルバーンは、声を荒げてリラを咎める。


「君は何もしていない、なら何故斬られる必要がある⁉」

「そういう話じゃないの、私が居るだけで問題になるなら、いっそ消えた方がいい」


 帽子を目深にかぶり、またも目元を見せないリラ。しかし顔など見なくとも、彼女が今どんな表情をしているかなんて簡単にわかる。

 もう、それ以上何も言わないで欲しい。ディレはそんなどうしようもない願いを、心中で嘆いた。


 しかし彼女は止まらない。


「そこの副騎士団長さんも、それで満足でしょう? アルは鈍感だけど、いつか気づいてくれるよ」

「――――⁉ 貴様っ!」

「さあ、早く。『破滅の魔女』を殺して」


 秘めたる想いを本人の前で晒され、怒りに震えるリセッタ。そんな話など耳に入らず、リラだけを見つめるアルバーン。


 何をしても、言われても構わない相手に、できるはずの無いことを強要される。しかし、逃げることは許されない、目の前には全てを諦め、覚悟を決めてしまった少女が居る。騎士として、そして彼として、その覚悟を無下にすることはできない。


 だとしても、彼にはできるはずの無いことだった。


 一番に想っていた相手を、斬るなど。


「リラ……」

「アル、早――――」

「~~~~~~‼‼」


「「「「⁉」」」」


 リラが覚悟の足らない騎士を急かそうと、言葉を重ねようとした時だった。

 鼓膜を貫くかのような爆音が、彼らの聴覚を蹂躙した。

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