第15話 確固たる意思

 渾身の一振りを弾かれた女騎士、副騎士団長リセッタ・フラインは驚愕した。

 自身の最高速とも言える一撃、それを凌いでみせた。裁きの場に現れた闖入者は何者かと、前を見据える。


「ディレ……!?」


『破滅の魔女』を守るようにして立ったのは、ボロボロの黒衣を見に纏い、鮮烈な紅の髪を揺らす少女だった。その手には、大きすぎる鎌が握られている。


「リラ、大丈夫?」


 主人の危機に間に合った満足感などは一瞬で掻き消え、その場の最善の対処に思考を切り替える。


「うん……でもどうして? 鎖で動けないように……」

「ごめんなさい、砕いた。でも、間に合った」


 仕方なかった、嫌な予感がしたのだ。そして、リラの指示は「お願い」だった。命令ではない、そんな都合のいい考え方ができるようになったのも、彼女のおかげなのだが。


「あれは……?」

「騎士団の副騎士団長」

「わかった」


 ならば目標は当然彼女だろう、唐突のディレの参戦に戸惑ってはいるものの、副騎士団長ともあろう人間が、その程度では話にならない。


「貴様も魔女の仲間か?」

「……魔女?」

「そこの少女のことだ! 彼女を渡せ、でなければ斬る」


 聞き捨てならないことを聞いた気がしたが、今はそんな場合ではない。敵は複数、それも王国騎士団という大物。副騎士団長を潰せば多少の動きは鈍るはず、やはり目標は変わらないと判断したディレは、リセッタを見据えた。


「渡さないか、なら!」


 彼女も再び剣を構えなおし、体制を立て直していた。

 お互い、見つめ合い、そして———


「せあぁぁぁぁあ!」

「……!」


 剛速の切り上げが、踏み込んだディレを襲う。それを鎌の柄で受け、流す。腕を弾かれたリセッタが、華麗に宙で一回転を決め、着地する。その隙を逃さずディレが鎌を振るう。神速の斬撃が、王国二番手の称号を持つ騎士を翻弄する。


 負けじと剣を振るう女騎士、しかしその刀身は一度もディレの肌をかすめることはない。だんだんと鎧に傷が目立ち始める。


「っく……!」


 苦鳴をあげて剣を振るう、しかし敵うはずは無い。彼女は、ディレは、『終結の英雄』の創りだした最強の守護者、ディレクタ・フィリアだ。


 剣と鎌が交差し、互いの顔が接近した。鋭い眼光を一切変えずに、その大鎌を振るうディレ、その姿に、リセッタは何度目かの驚愕を覚える。


 自身で相手の刃を弾き、後ろに飛んで距離をとった。

 通常戦闘では拉致が開かない、部下を戦わせても無駄だろう。


 なら、次にとるべき選択肢は――――


「貴様、なかなかやるな」

「そっちも、思ったよりは強い……」


 対話に入ったリセッタに、ディレは疑問を抱く。あのまま戦い続ければ、ディレは勝利していただろう、だから、選択としては正しい。しかし、なぜ逃げない、、、、


 何にせよ、これ以上の勝ち目はないはずだ。騎士団長とやらが到着するまでの時間稼ぎか? いつ来るかもわからない助っ人に、そこまで賭けられるとでもいうのか。


「私ではどうやら勝てそうにない、だから、交渉、、をしようじゃないか」

「……?」


 交渉、それは本来剣を鞘に落としてするものだろう、しかし彼女はそれをしない。

 当然、ディレも鎌を構えたままだ。


「そこの少女を渡せ」

「……できない」

「……我々騎士団は、その村を裁く、、許可を得ている。彼ら反逆の徒の生死は、我らの自由だ」

「……⁉」


 村を裁くだと? なぜそんな横暴が許されている、やっていることが騎士団とは真逆だ、それではただの侵略ではないか。それとも、この村の名前と関係があるのだろうか……?

 背後を見やり、主の反応を見る。大きな三角棒の陰になっている顔からは、彼女の心を伺うことはできなかった。


「……っ!」


 負けが確定している相手の戯言など、聴くに値しない。ましてや、どう考えてもこちらが正義だ。


 ディレは交渉を無下にして、リセッタに斬りかかろうとした。しかし、その寸前で止められた。


「待って、ディレ!」

「———?」

「私はどうなってもいい、だから、村の人にも、このにも手を出さないで」


 言いながら、ディレの横を通りすぎて、副騎士団長の前まで歩いた。

 そして、向けられたその切先で、自身の頬を裂く。傷口から溢れた血液が、煌めく刃を紅く染めた。


「なんの真似だ?」

「言ったでしょ、好きにして」

「……リラ!」

「命令! 動かないで」

「なっ……!」


 だめだ、それだけは破れない。しかし、このままではリラが危ない。

 ディレは、動けなくなってしまった。助けなければ、だがどうやって⁈


 突然の命令に、思考が纏まらなくなるディレ。当たり前すぎる考えしか浮かばず、詳細を考えられない。あるいは、これも命令の効果なのか。


「———リラ‼︎」


 その名を叫ぶことしかできない。


 失うのか? また主人を? それだけは、それだけは———嫌だ。


「貴様、その覚悟はどこから来る……?」

「そんなもの、有るわけないでしょ?」

「なら何故⁈」


 困惑に顔を歪める女騎士。彼女の気持ちは、誰もが理解できるだろう。


 最悪の蔑称で呼ばれている存在が、他者の為に命を捨てるなど、理解し難いにも程がある。何より、彼女からはそんな悪気は感じない。


 一つの仮説が、今更ながらにリセッタの中に浮かぶ。


 この少女は、自身が思っているよりも邪悪ではないのかもしれない。


「貴様は……」

「リセッタ‼︎」

「———っ⁉︎」


 目の前で刃に身を任せる少女を見つめ、或いはの可能性に思考を揺らしていると、鋭い声が彼女の名を呼んだ。


「騎士団長殿———⁉︎」


 空から華麗に着地を決め、リセッタの隣に降り立った騎士。見に纏う鎧は副騎士団長よりも軽装で、どちらかというと周囲の団員達に近かった。


「僕が来るまでは、手を出すなと言ったはずだ」

「……申し訳ありません、しかし!」

「言い訳は後で聴く、それで、この少女が……?」


 リラに向けて伸ばされたリセッタの腕を、柔肌をそれ以上傷つけぬよう降ろさせると、騎士団長はリラを見て言った。


「は、背後にいるのはその協力者か何かかと……」

「……そうか」


 リセッタの報告を聞き、それでもなおリラを見つめ続ける騎士団長。その眼光は、腰に吊るされた長剣よりも鋭利に、ディレには見えた。


「君、帽子をあげてくれないか? 失礼なのは承知の上だ」

「……?」


 顔が見たい、そういうことだろうか? 正直、顔など見たところで何が変わるわけでもあるまい。しかしここで余計な意地を張って、相手の機嫌を損ねるのはごめんだ。


「……」


 片手で少しだけ帽子を上げる、予想より強い陽光が、リラの目を焼いた。

 鍔の影でよく見えなかった敵方の姿が、先刻よりも明らかになる。


「———!?」

「っな———!?」


 向き合う二人の視線が交差する。


 騎士団長は、驚愕の目を。リラは戦慄の目を。同時に見開いた瞳を、二人は硬直させた。


「———リラ?」

「アル……?」


 それぞれが口にした名前、それはどちらも知り得ないはずのものだった。


 王国騎士団長 アルバーン・ニーウィッド

『破滅の魔女』リラ・ノクトルナ


「なぜ君が……?」

「団長……? あの少女をご存じで……?」


 疑問符を並べて動かない騎士二人、その向かいには硬直から解けない主従がいる。


「……リラ?」

「アルなの……?」


 ディレが呼んだにも関わらず、まるで聞こえていないような様子。

 彼は、王国騎士団長は、リラの知り合いなのか?


「リセッタ、彼女は、リラは……僕の許嫁だ」

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