第12話 厄災

 皿洗いが終わり、ディレを空きの部屋に寝かせ、リラも自室へと向かった。扉の取手に手を掛けて、中に入る。


 パタンと乾いた音が部屋に響いたあと、思わず扉に寄りかかった。今日一日で、多くのことがありすぎたから、というのも一理ある。


 しかし、それだけでは無かった。

ディレが問うた一つの質問、一度自身で指摘しておきながら、いざ話すとなると戸惑ってしまった。


 いくらディレでも、これを聞いてしまったら、リラの見方を変えてしまうかもしれない。それは、何よりも怖かった。村の人たちは受け入れてくれた、しかし、彼女のそばに居続けたディレは違う。


 ディレの言うあの人、それは『終結の英雄』と呼ばれた王国の誇る大魔法使い。しかし、リラはその真逆だった。


終結の英雄、、、、、』と相反する、、、、破滅の魔女、、、、、』という蔑称で呼ばれる存在なのだから。


 ◇◇◇


『破滅の魔女』それは、とある国家反逆を起こした名家の、末代の少女のことを言う。


 その家こそが――――『ノクトルナ家』


 代々王家に使える王宮魔術師の家系。魔力の扱いに長け、かなりの高位魔法も使いこなすことから、一時期は“英雄の残り香隠し子の家系”とまで噂された。


 実際には、かの大魔法使いに夫はおらず、子孫となりうる子供もいなかった。それ以前に、終結の英雄の年齢と、ノクトルナ家の歴史には大きな差があり、辻褄が合わなかった。


 魔法の行使に長けていたノクトルナ家は、王国で唯一、呪術の研究が許されていた。そして、9代目当主、リラの祖父が、呪術の完全行使を大成した。

 亡き英雄に固執していた王国は、呪術を大いに歓迎した。特に、広範囲にわたる大量無力化が期待されていた。


 しかし、呪術にのめり込み、溺れた9代目当主は、大罪を犯す。

『成り替わり』呪術の中でも最高位に位置する最悪の術。他人の存在を否定し、自身を刷り込む邪道。


 その禁術を以てして、リラの祖父は王に成り代わろうとした。


 ◇◇◇


 数年前


 静かな夕暮れ時、王座の前に立つ衛兵も、夕餉を想起し腹を鳴らす時間帯。

 そろそろ召使が、夕食の完成の報告にくるころだと、腰を持ち上げる王。

 煌びやかなその縁を掴み、一段上がった王の空間から降り立つ。


「もうよい、二人とも今日もご苦労」


 王座の左右に、剣を手に立っていた二人の衛兵を労い、自ら食堂に赴く。

 そこへ、一人の召使が駆けてくる。


「陛下! 私がお呼びするまでは座っていただいていて構いませんのに」


「まあ良いではないか、さあ行こうぞ」


 軽快に笑いながら、家臣の背中を叩く。

 元より器の大きいこの王は、国民からも慕われている。その隣を、頭を下げながら消えてゆく衛兵。王がそれでいいと言うのだから、頭も上げればいいのにと、王は思う。


 そんな和やかな時間、あるいはいつものひと時が、壊れようとしていた。


「なあ⁈」

「何やつッ!」


 先に消えた衛兵の声が聞こえて、王と家臣に緊張が走る。とっさに王の前に立ち、いつでも魔法を放てるよう、魔力を迸らせる。


「……ハハ」


 暗く、低い声が束の間の静寂を壊した。コツコツと靴音を響かせて、それは姿を現す。漆黒のローブに身を包み、顔元をフードで隠した侵入者。その周囲に魔力が漂っていることから、先刻の悲鳴の原因は明確だ。


「それ以上近づくな! さもないと……」


「……やれ」


 家臣の言葉が続くことはなく、何者かの命令が下された。それに応えるように、家臣が頽れる。


「なっ⁈  身体が……陛下! 逃げ……」


 倒れた家臣見て王は覚悟を決める、おそらく、逃げることは不可能だ、ならば対話か。


「何用だ? 貴様は一体」

「ヒヒ、お忘れですか、陛下ぁ?」


 絡みつくように不気味な話し方、気味の悪いその雰囲気が、王を一歩後退あとずさりさせた。

 そして、その声に思い当たる。


「お前……ノクトルナの……!」

「そう、9代目当主フランケル・ノクトルナですよ」

「お前が何故⁈」

「王の、代わりどきだからだ」

「なっ⁈  なにを!」


 その時、強い光が王の視界を奪った。

 黄昏の王宮に閃光が走る。それから、王の意識が途切れるのは、すぐのことだった。


 ◇◇◇


「……っう?」


 あれから幾らたったのか、気を失っていた王は目を覚ました。しかし、すぐに様子がおかしいことに気づいた。身体の自由が無い、というより縛られている。視界の先には見慣れた王座からの景色、夕刻の日差しが差し込んでいる。


「やあ、起きましたか」

「貴様……!」


 ぬるりと顔を出したのは、フランケルだった。その顔に、不気味な笑みを讃えている。一体何を企んでいるのか、王は計りかねた。


「こんなことをして、許されると思っているのか⁉︎」

「一体誰が許さないんですか? 王は何も変わらない、中身が変わるだけです」

「っ⁉ どういうことだ‼」


 ぬっと顔を近づけて、王の顎に手を伝わせるフランケル。気色が悪いその行為に、王は背筋を凍らせる。その様子を愉しむように、フランケルは嗤った。


「今日から私が王だ、そしてあなたがフランケルなのですよ」

「……なんだと⁉」

「ヒヒ……」


 零れる笑みが余計に不安を募らせる。一体なんだというのだ、王の変わり時だと? そんな年齢ではない王は、相手の真意が掴めない。しかし、男は行動を既に始めていた。


 目の前で魔力を集めている、収束する膨大な量の魔力。それが、淡く真紅に輝いている。男の周囲に揺蕩う魔力は、魔法を行使するためにはいささか多すぎる。それが何を意味するのか、すなわち――――呪術の行使。


「貴様っ――――!」

「今更気づいても遅いですよ? ――――王は私だ」


 そういって、被っていたフードを払いのける。露わになったのは、全盛期とはかけ離れたほどに痩せこけ、皺の刻まれた顔だった。

 ゴブリンのように無駄に高い鼻が、不気味さを加速させていた。


「「力無き者には幸を、力ある物には災いを、それは平等の始まりだ、それは自身の始まりだ。産まれ、そして否定せよ、それは我だと宣言せよ‼」」


「「アナザー・ネゲ――――」」


「何をしている――――!」


「っな⁉」


 ただ見ていることしかできず、最悪の術が行使されることを待つしかなかった王、その反応すらをも嗤い、自身の欲望を満たすための術を詠唱していたフランケル。

 その両者が、そろって声のした方向を見た。


「今すぐそこを離れろ! 聞かないのならっ!」


 そこには、簡素で、そして実用的な鎧に身を包み、マントを傍目かせる青年が居た。無駄のない動きで抜剣し、その切っ先を、王に仇なす者に向ける。


「クク、愚か者が。やれ、リラ、、

「「スペル・チェーン」」


 フランケルがぼそりと何者かに命令し、腕を振り上げた、するとそれに呼応するように、声が聞こえる。


 結果、行使されたのは拘束術だった。魔力でできた鎖が、青年の足に絡みつく。

 ギチギチと金属の音を立てるそれは、ただの魔法ではない。


「無詠唱⁉ それも、呪術か!」


 両足を拘束され、身動きが取れなくなった青年。しかし、自身の状況よりも唱えられたその術に驚愕した。


 通常、術を行使するのならば、魔法であり呪術であり、詠唱が必須なのは当たり前だ。しかし、ごく稀にその必要な過程をすっ飛ばして、即時に発動できる強者がいるという。


 つまり、フランケルの命に従ったのは、それほど高位の術師ということだ。

 しかし、


「この場にいないのであれば、脅威足り得ない」


 青年は握る剣を一振りして、自身の足を締め付ける邪魔な鎖を切り払った。砕かれた鎖が魔力となって宙に散る。


「なっ、拘束術を解くとは……」


 驚きのあまり、目を見開くフランケル。彼すらも知らぬ間に後退りをしている。

 それを、一度も瞬きせずに睨みつける青年、彼の名は……


「王に仇なす者よ、僕はアルバーン・ニーウィッド、王国騎士だ。それ以上の勝手をするのなら、容赦はしない!」

「くそ、あと少しだったというのに……やれ! 業火をくれてやれ!」


 突然語気が荒くなったフランケルは、取り乱すように腕を振った。そこにどんな意味があるのか、それはすぐに語られた。


「「……全知なる夜空よ、万能なる星々よ、飲み込まんとすその呪縛……」」


「させるか……!」


 呪術の詠唱、先ほど無詠唱を披露した敵が、詠唱をしなければならない術。

 それが何を意味するのか、すなわち、高位の術師ですら詠唱を必要とするほどの術。最悪だ、それが攻撃系であるなら、どんな破壊力があるのか、それが効果付与なら、呪い殺されてもおかしくはない。


 そんな物を、使わせてはならない。


「ピアッシング・スラスト……!」


 そんな厄災を起こす前に、青年は剣を構えて踏み込んだ。

 たった一瞬、詠唱が止まった刹那の時間、あるいは短すぎる時間だろう。しかし、彼にとってはそれで十分だった。


 彼のたった一歩の踏み込みで、部屋中の布はバタバタとはためき、王の眩い金髪を乱した。しかし、結果はそれだけでは無かった。


 銀閃が彼らの目を焼き、眩む世界に混乱させる。次に目を開いたとき、青年の磨き上げられた一振りの長剣が、見事フランケルを貫いていた。


 ◇◇◇


 こうして、王の危機とも思われる事態に決着がつき、フランケルは死亡した。

 反逆の罪に問われたノクトルナ家は、関係者全てに「死刑」が下った。


 それは、初めて王が憤怒したことへの、報復だった。


 大罪の濡れ衣を、一族丸ごとに背負わされたノクトルナ家は、下った罪を否定し、逃亡を図る。しかし、王国騎士団が出動し、抵抗虚しく処刑された。


 たった一人の少女を残して。


 そして、王の命を救った英雄的存在、王国副騎士団長、アルバーン・ニーウィッドの名が知れ渡るのに、さして時間は掛からなかった。

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