第7話 禁忌なる術

 古い、そんな印象の割には意外なほどに、この村は広かった。子供たちが駆け回る広場を抜けて、奥へと進む。


 すると、そこ一軒だけ目立つ家が目に入る。色とりどりの花が庭先の花壇に植えられ、咲き誇っている、手入れの行き届いた緑は、そこだけが別世界のようだった。


 建物自体も他と比べて少し大きく、家主がただ者ではないことを物語っている。前を行くリラは、花々を眺めながらその玄関を叩いた。


「おばあさん、いますか? リラです」


 すると、少し間があってから、柔らかな声が返ってきた。


「どうぞ」


 リラが扉を開く。古めかしい木製の扉は、ギイと不快な音を漏らしながらも、その動きが滞ることはなく、しっかりと開いた。中は簡素なものだった。テーブルに椅子、本棚に暖炉、その程度だ。奥には寝室もあるのだろうが、外から見た大きさと、中身の薄さのギャップに、ディレは小首をかしげる。


「ディレ、好みは人それぞれ、だから不思議がることないよ」

「………」


 どうやら、見透かされていたようだ。見た目によらず鋭い。


「おお、リラちゃん。こっちこっち」


 声の方へ視線を向けると、部屋の角で安楽椅子に腰かける老婆が、手招きをしていた。先刻のラオナの恰好に、エプロンとバンダナを足したような服装。あの人が気まぐれに畑いじりをしていた時に、よく似ている。


「腰を痛めたと聞きましたけど」

「ああ、そうなんだよ。張り切って鍬なんか振るからだねぇ」

「畑ですか? 今年は何を?」

「去年は不作だったからねぇ、無難にキャルロとトメトにしといたよ」

「子供たちが喜びそうですね」


 老婆が嬉しそうに頷くと、リラも笑顔になる。畑、ということ以外、なんの話をしているのか、正直ディレはよくわからないが、嬉しいことのようだ。一通り話に花が咲くと、真剣な表情になったリラが言った。


「では、そろそろ」

「おお、そうだったね。頼むよ」


 リラが右手を老婆に向けて掲げる。周囲の魔力が反応し、淡く光を帯びていく。


「「開く鮮烈なる傷よ、苦しみの元凶よ、全てを留め、解放せよ、これは呪縛なり、そなたを救う呪縛なり」」


 周囲の魔力がリラの手に集まり、そして老婆へと流れていく。すると、光の結晶がとある形へと変わっていった。絡み合うようにジグザグと、それでいて硬質の輝きをもつそれは、だった。


 リラが使っているのは、呪術だ。他人を呪うために編み出された、魔法を使う者の禁忌。他者を苦しめる、呪いとはそういうものだ。


 今、ふと疑問に思った、魔法は使わないのだろうか? 治癒魔法なら、面倒な呪縛という形でなく、手っ取り早く直接治癒できるというのに。


「おぉ、痛みが引いていくよ。ありがとう、リラちゃん」

「よかったです、一応軽度の術にしておきましたけど、何かあったらまた言ってください」

「うん、そうさせてもらうよ。はて、どうしたんだい?」


 何か意味があるのか、足りない知識をつなぎ合わせて、自分なりの理由を見つけようとしていると、ディレの異変に気付いたのか、老婆が問うた。


「ああ、そうだ。この娘私と一緒に住むことになったディレです」

「そうかいよろしくねぇ。……リラちゃん、その娘には話したのかい?」


 歳に似合わない推察力で、ディレの思考の根本を、いとも簡単に本人にぶつけてしまった。理由があるのは違いないのだろうから、リラに直接訊くのは憚られたのだが、躊躇する必要も無くなった。


「あのね、ディレ。私は、呪術しか使えない、、、、、、、の」

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