第6話 居場所
あれからしばらく歩くと、家らしき建物が見えてきた。王都のような石レンガでできた住居よりも、一昔前の木造建築。
近づくにつれ、その全貌が
村を囲む柵に、ポツリと取り付けられた看板には、『
「お帰り! リラお姉ちゃん!」
声の方に視線を向けると、少年が駆け寄ってきていた。10才程度だろうか、顔に幼さが残っている。
「フィール! ただいま」
嬉しそうに顔を綻ばせながら、リラを出迎えた少年は、彼女の膝に飛びついた。頬ずりをしている所を見るに、かなり親しい仲らしい。
「お仕事終わった?」
「今日はお仕事じゃないよ? うん、でも終わったよ。村の人たちは大丈夫だった?」
「うん! 平気だよ!」
自慢気に腕を組んで、あたかも自分の手柄のように胸を張る。リラが頭を撫でると、「えへへ」と声を漏らす。と、少年が一歩下がると目が合った。見覚えのない異物に、興味と恐怖を半々にして煮たような視線を向ける。
「……リラお姉ちゃん?」
「なぁに?」
「後ろの人は?」
リラが自身の背後を一瞥して、思い出したようにディレの肩を叩いた。
「ああ、ごめんね、ほらディレ、自己紹介して」
「え……」
自己紹介、紹介できるほどの何かを持ち合わせていないディレは、何を言おうものか戸惑った。強いて言うならば、自身が
「名前、言えるでしょ?」
「……ディレクタ・フィリア」
それだけでよかったらしい。心中、胸を撫でおろす。
「……もう、棒読みだなぁ。ディレお姉ちゃんだよ、あの娘もね、ハグが好きだから、やってあげて?」
何やらリラが耳打ちすると、「うん!」と元気よく返事をして、ディレの方へと駆け寄ってきた、かと思うと、先ほどのリラと同じように抱き着いた。
「なっ……⁉」
「どお? 好き?」
純粋な眼差しを向けられ、引き剥がそうにもできなかった。なんだかむず痒かった。
「……どう、もしない」
「素直じゃないなぁ」
頬を膨らませて、責めるような視線を送る。仕方ないじゃないか、こういうのは慣れていない。それこそ、あの人以来だ。
「こらフィール、どこ行ってたの! あ、リラさん、お帰りになってたんですね」
三人で微妙な空気を作っていると、村の奥から小走りに女性が近づいてきた。簡素なチェニックに、麻のスカート。おそらく、フィールの母親か何かだろう。
「ラオナさん、はい。帰りました!」
「あ、そういえば、おばあさんが腰が痛いって言ってたんですけど、ご寵愛にあずかっても……?」
「え、そうなんですか⁉ すぐに行きます」
「あの、後ろの方は……?」
怪訝そうにディレを見つめる。ボロボロの戦闘服で、背中に大鎌を背負っているディレ、どう見ても村の物ではないその恰好は、誰であれそんな視線を向けるだろう。
「あ、はい! 今日から私と一緒に住むディレです」
簡単な経緯と紹介をリラが伝え、納得した様に頷いたラオナは手を差しだしてきた。
「では今日はそのために……。よろしくね、ディレさん」
「……?」
そういえば、先刻も似たようなことをリラにされたが、いったい何なのだろうか?手を差しだし返せば正解か? 呆然と相手の掌を見つめていると「握手だよ、ディレ、握り返すの」とリラが耳打ちしてきた。
「……よろしく」
とりあえず、言われた通りに握り返す。暖かな温度が、じんわりとディレの手を包み込む。
「さ、フィール、夕飯の支度するから、手伝って」
「えぇ僕マリアに呼ばれてるのにぃ」
握手、なるものが終わると、親子は一礼してその場から立ち去った。フィールがリラに手を振っている。
「ディレ、これからおばあさんの所に行くけど、来る?」
手を振り返しながらディレの方を向く。
どうする、と訊かれてもどうしようもない。リラに付いてきただけであり、明確な理由もないディレ、普通は「その辺で待っている」とでもいえば片付く話なのだが、彼女の語録にはそんな便利なものは存在しなかった。
「……行く」
いかにも自動人形らしく、或いはシャイらしく、イエスを選択した。
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