第6話 居場所

 あれからしばらく歩くと、家らしき建物が見えてきた。王都のような石レンガでできた住居よりも、一昔前の木造建築。


 近づくにつれ、その全貌があらわになる。随分と古い村だと思った。ディレも、あの人に付き合わされ、王都に訪れたことがある。とはいえ、数十年も前の記憶だ。しかし、その記憶からしても古いと感じるほどに、その村の印象は古風、というか廃れていた。

 村を囲む柵に、ポツリと取り付けられた看板には、『レネゲイズ背教者達』と、掠れた絵の具で記されていた。


「お帰り! リラお姉ちゃん!」


 声の方に視線を向けると、少年が駆け寄ってきていた。10才程度だろうか、顔に幼さが残っている。


「フィール! ただいま」


 嬉しそうに顔を綻ばせながら、リラを出迎えた少年は、彼女の膝に飛びついた。頬ずりをしている所を見るに、かなり親しい仲らしい。


「お仕事終わった?」

「今日はお仕事じゃないよ? うん、でも終わったよ。村の人たちは大丈夫だった?」

「うん! 平気だよ!」


 自慢気に腕を組んで、あたかも自分の手柄のように胸を張る。リラが頭を撫でると、「えへへ」と声を漏らす。と、少年が一歩下がると目が合った。見覚えのない異物に、興味と恐怖を半々にして煮たような視線を向ける。


「……リラお姉ちゃん?」

「なぁに?」

「後ろの人は?」


 リラが自身の背後を一瞥して、思い出したようにディレの肩を叩いた。


「ああ、ごめんね、ほらディレ、自己紹介して」

「え……」


 自己紹介、紹介できるほどの何かを持ち合わせていないディレは、何を言おうものか戸惑った。強いて言うならば、自身が自動人形オートマタであることぐらいか、或いは人を狩り続けたことか。


「名前、言えるでしょ?」

「……ディレクタ・フィリア」


 それだけでよかったらしい。心中、胸を撫でおろす。


「……もう、棒読みだなぁ。ディレお姉ちゃんだよ、あの娘もね、ハグが好きだから、やってあげて?」


 何やらリラが耳打ちすると、「うん!」と元気よく返事をして、ディレの方へと駆け寄ってきた、かと思うと、先ほどのリラと同じように抱き着いた。


「なっ……⁉」

「どお? 好き?」


 純粋な眼差しを向けられ、引き剥がそうにもできなかった。なんだかむず痒かった。


「……どう、もしない」

「素直じゃないなぁ」


 頬を膨らませて、責めるような視線を送る。仕方ないじゃないか、こういうのは慣れていない。それこそ、あの人以来だ。


「こらフィール、どこ行ってたの! あ、リラさん、お帰りになってたんですね」


 三人で微妙な空気を作っていると、村の奥から小走りに女性が近づいてきた。簡素なチェニックに、麻のスカート。おそらく、フィールの母親か何かだろう。


「ラオナさん、はい。帰りました!」

「あ、そういえば、おばあさんが腰が痛いって言ってたんですけど、ご寵愛にあずかっても……?」

「え、そうなんですか⁉ すぐに行きます」

「あの、後ろの方は……?」


 怪訝そうにディレを見つめる。ボロボロの戦闘服で、背中に大鎌を背負っているディレ、どう見ても村の物ではないその恰好は、誰であれそんな視線を向けるだろう。


「あ、はい! 今日から私と一緒に住むディレです」


 簡単な経緯と紹介をリラが伝え、納得した様に頷いたラオナは手を差しだしてきた。


「では今日はそのために……。よろしくね、ディレさん」

「……?」


 そういえば、先刻も似たようなことをリラにされたが、いったい何なのだろうか?手を差しだし返せば正解か? 呆然と相手の掌を見つめていると「握手だよ、ディレ、握り返すの」とリラが耳打ちしてきた。


「……よろしく」


 とりあえず、言われた通りに握り返す。暖かな温度が、じんわりとディレの手を包み込む。


「さ、フィール、夕飯の支度するから、手伝って」

「えぇ僕マリアに呼ばれてるのにぃ」


 握手、なるものが終わると、親子は一礼してその場から立ち去った。フィールがリラに手を振っている。


「ディレ、これからおばあさんの所に行くけど、来る?」


 手を振り返しながらディレの方を向く。


 どうする、と訊かれてもどうしようもない。リラに付いてきただけであり、明確な理由もないディレ、普通は「その辺で待っている」とでもいえば片付く話なのだが、彼女の語録にはそんな便利なものは存在しなかった。


「……行く」


 いかにも自動人形らしく、或いはシャイらしく、イエスを選択した。

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