第5話 それ故の愛
小鳥が
あんなに重く、大きく感じたダンジョンが、今ではもう掌に収まりそうなサイズにまで、遠のいていた。
深い森の奥にあったダンジョン、あの人が最期の地として選んだこの森は、静けさだけが取り柄だった。なぜかこの一帯の森は、モンスターが寄り付くことがない。通常、結界でも張らなければ、こうなることは少ないのだが。
とはいえ、ディレは詳しいわけではないし、それら全てはあの人の受け売りだった。あの人が生きていたころは、たまに外に出て散歩に付き合わされたりもした。それももう、過去の話だ。
「そういえば、ディレ」
「……?」
隣を歩くリラが、どう言ったものかと迷うように、眉間に皺を寄せている。何かあったのか、それとも自分が隣を歩くのが気に入らなかったのか。マイナス思考に陥っていると、「うん」と頷いたリラが言った。
「あなたの名前、ディレクタ・フィリアは、古代語で
「――――っ!」
「ごめんね、余計なお世話かとも思ったんだけど、やっぱり知っていて欲しくて」
そこで言葉を切ると、一度深呼吸をして、続けた。
「きっと、その人はディレをちゃんと愛してたんだと思う。あそこに縛りつけるつもりなんてなかった、だからちゃんと、“上書きできる”命令だった」
上書き……
『きっといつか救われる日が来る。だから、その日まで、私と、この地を護って』
なんで、そんな理解し難い、理解できないような、
遺してくれたのなら、愛してくれたのなら、直接伝えて欲しかった。そうすれば、苦しむことはなかった。殺戮だってしなかった。
一度でも、あの人を憎むことはなかった。
「……ぅう」
また、溢れ出してきた。この、制御の聞かない、苦しい感情は何なんだ? どうしようもなくて、どうすることもできない。ただ、呻くことしか……
「きっと、あなたを守るためだった、んだと思う。ディレが本気で護らないと、危うい時が来るかもしれない、それならいっそのこと、憎まれるほどに、ひたすらに……だから、我慢しなくていいよ、いつでも泣いていいんだよ」
それから、創られたはずの涙が枯れるまで、頬を濡らし続けた。途中、リラが抱きしめてきた、小さなその胸は、暖かく、世界の誰よりも広かった。
「落ち着いた……?」
「……うん」
「そっか」
どこまでも優しいリラは、「よかった」とつぶやきながら前を向く。
ディレよりも少しだけ低い背、小柄な身体、しかしリラという少女は、それ以上のものを持っていた。
きっと、彼女は誰にでも優しい、優しすぎるほどに。だって彼女の隣に居るのは、人を裁き続けた狂人だ。それも、人ではなく、紛い物の
歩き出したリラ、その背中を見つめていると、何かが込み上げてきた。どうしようもなくなったディレは、踏み込んで、リラの背中に飛びついた。
「ひゃっ⁈」
「……」
突然のスキンシップに、軽く悲鳴を上げたリラ。しかし、次の瞬間には、自身の腹部に回されたディレの手を握り返していた。
「もう、甘えんぼさんなんだから」
「……違う……」
「ふっ……ふふ」
ツボに入ったのか、吹き出してから長かった。
「ほら、行くよ? ……放して、ね?」
「……」
笑われたのが癪に障り、それからしばらくは放さなかった。
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