第4話 優しき封印

 紅くない、コケの生えた石床を踏みしめて、私はマスターの後を追った。


「――――っ!」


 歩む先に、光が見えた。外だ、もう何十年も見ていない陽光は、私の目にはあまりにも眩しかった。


「大丈夫?」


 掌で庇を作っていると、彼女が覗き込んできた。晴れ渡る空のような、水色の瞳が、優し気にこちらを見つめている。


「まぶしい……」

「そうだよね、でも、すぐに慣れるよ」


 そう軽く微笑むと、たった今出てきたばかりの入口の方へと身体を向けた。先ほど、中で私に向けて解呪をしたように、右手を掲げる。


「ちょっと待っててね」


 一言そういうと、マスターが、小ぶりなその唇を震わせた。


「「遥かなる悠久の祖よ、古の束縛よ、」」


 紡ぎ始められた詠唱。瞳を閉じて、優しく、滑らかにつながる声。それは、なぜか自身に向けられているようで、心が救われるようだった。

 彼女の周りには、夜空に煌めく星々のように、魔力が実体となって瞬いている。


「「大いなる力を解く祖よ、鮮烈なるその力、永遠に眠れ」」


「「レリック・シール」」


 最後の詠唱が終わると、瞬いていた魔力が、一斉にダンジョンの上空へと飛翔していき、爆散した。


「ダンジョンは封印したよ。これで、もう二度と誰も入れない」


 ふう、と息をついた彼女。その横顔はからは、深い思慮が覗えた、


「……ありが、とう。マスター」

「ふふ、マスターじゃなくていいよ? 私はリラ、あなたは?」


 自動人形としての役目を、たった一つの魔法で片付けてしまったリラ、王国の英雄は、確かにあの人だったかもしれない。しかし、私にとっては違った。彼女あの人は、違う。リラが、リラこそが、私の英雄だ。

 朗らかな微笑を湛えて、掲げていた右手とは逆の手を差しだして、眼前の少女、、の名乗りを待つリラ。その視線だけでも、報われた。


「フィリア……ディレクタ・フィリア」

「ディレクィリア……」

「……?」


 私の名乗りを聞いたリラは、確かめるようにその名を反芻した。そんなにおかしな名前だっただろうか?気に入っているわけでもないが、あの人が付けた名だ。思い入れはある。

 不思議に思い首を傾げると、リラが慌てて口を開いた。


「……! いい名前だね、でも、フィリアでいいの?」

「あの人はそう呼んだ……おかしい?」


 やはりおかしな名前だったのか、気まぐれなあの人だ、納得はいく。しかし、リラは首を振ると、私の手を握った。そういえば、差しだしたことにも意味があったのだろうか?


「ディレって、呼んでもいい? その方が可愛いよ」

「……好きなように」

「そっけないなぁ……」


 軽く頬を膨らませると、握っていた手を放し、今度は腕を引いた。暖かな感触が、腕に伝わる。手を握られる、腕を掴まれる。そんな行為にすら、幸福感があった。


 きっと、リラで間違いない。


「それはそうと、帰ろっか。ディレ!」

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