第2話 本当の救い

「ここかな……?」


 村の外れにある大きな遺跡ダンジョン、蔦の絡まったその姿から、幾年いくねんもの月日がこの空間を流れたことを物語る。


 ギルドで見かけた一つの依頼が、自身をここへ赴かせた。


 もう何年も掲示板に貼り付けられたまま、達成されて来なかった依頼。ダンジョン最奥の、自動人形オートマタの討伐。


 数十年前、王国屈指の大魔法使いが生み出した、ダンジョンの守護神。


 過去に命からがら逃げ帰ったものによると、ソレは少女の姿をした、殺戮兵器だっという。紅く染まったボロボロの衣服を纏い、自身の身長を上回る大鎌を携えていた。確かな記憶はそこまでで、後はひたすらに恐怖があったらしい。逃げて逃げて、逃げた。

 そんな、問題の塊みたいな結果だけを持って、帰還した兵の情報を頼りに、王国騎士団で幾度となく討伐隊が編成され、散っていった。


 そして数日前、遂に王国騎士団団長が、自ら赴いた末、帰還しなかった。


 王国の剣とも呼ばれた、最強の騎士の生死不明。それは王国にとっての絶大な痛手となった。

 そんな騒ぎの収まらない王国直営のギルドで、たまたま王都に訪れていたリラ、、は掲示板に貼られていた、その依頼を見つけたのだ。


 動き続ける殺戮自動人形。


 そう聞いて、一番に思ったことが、ここに来た最大の理由だった。彼女は術使いだ、或いあるいは問題を解決できるかもしれない。


 自動人形の原理は知っている、魔力をエネルギーにし、その身体を動かす。

 すなわち、魔力不足に落ち入れば、傷つけることなくその動きを止めてくれるのではないか?

 おそらく、目の前に聳えるダンジョンは、かの大魔法使いの魔力が充満している。故に、永遠とも言える時間、自動人形は動くことができる。


 彼女は術使いだ、しかし、その力で誰かを、何かを傷つけることは好まない。たとえそれが、大魔法使いの最期の過ちだとしても。

 それに、本当に止めることが、正解とは限らない。それは実際に見て決める。


 リラは、ダンジョンに囚われた自動人形を、救うために来たのだから。


 ◇◇◇


 緩く灯る篝火の明るさだけを頼りに、薄暗い通路を進む。


 苔の生えた石床は、滑りやすく、自前のブーツでは転倒してしまいそうだ。かと言って代用品もないので仕方ない。


 このダンジョンは、通常のものと違い怪物モンスターが出現するわけではない。大魔法使いの全てが残っている場所なのだから、それぐらいのことをしてもいいというのが、一般の意見だろう。

 しかしリラの考えは違った、おそらく、本当に最奥にたどり着かねば、制裁は与えないという、大魔法使いの最後の慈悲なのだろう。侵入は許しても、強奪はさせない。それに、彼女の物を持ち出すということは、一種の墓荒らしと同じなのだ。


 大魔法使いの計らいか、或いはただの偶然か、何に遭遇するでもなく、安全にその歩みを進めることができたリラは、ついにその、、区域へと到達した。


「うっ……」


 そこは、今までとは段違いな空気が辺りを取り巻いていた。灰色のはずの壁は、紅くどす黒い色に染まっていて、そこら中に死臭が漂っていた。

 根源だったはずの死体は、おそらく浄化してしまったのだろう。生命の源であるマナは、その命が絶たれた時より、ゆっくりと消えてゆき、最後にはその肉体事消滅する。


 あまりの死臭に鼻を覆ったリラは、その場の様子がおかしいことに気づいた。自身がいる場所より少し先、天井が崩壊し、壁が崩れている。


 間違いなく、自動人形がいることは確かのようだ。


 無論、恐怖はある。それどころか、足が震えて止まらない。これから相対するのは、人々を殺し続けてきた存在だ、誰だって怖い。しかし、彼女には引けない理由があった。


 意を決したリラは、一層空気の暗く重い、奥の奥へと足を踏み入れた。

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