呪術師リラと自動人形
夜風
呪術師の夜明け
第1話 ディレクタ・フィリア
もう嫌だ、もう、動きたくない。もう、殺したくない。
ポタポタと滴る紅い液体が、等間隔に設置された
「違う! 違う!」
違う、違う、違う。自分の意思なんかじゃない、これは、違う。 もう馴染みすぎてしまった大鎌を、投げ捨てようと腕を振り上げる。
「――――っく、ぁぁあ!」
しかし、行動は最後まで遂行されない。脳裏に焼き付いた命令が、脳味噌を殴りつけてくる。
『……この地を護って……』
締め付けるような、焼けるような、灼熱で鮮烈な痛みが命令を再試行させる。拒絶し、逃れようと頭を振る、しかし命令は消去されることはない。爪が食い込み、血が滲むほどに自身の
空間を切り裂く、疾風の空刃が、長く続く通路の先へと消えてゆく。
「ぐあぁ⁉」
「ぎぃ――――」
姿も見えない何者かが、たった一撃でその命を散らす。
「こないで、こないでこないでこないで!」
誰もいやしない、たった今自分が殺したのだ。しかし、口は言葉を発することをやめようとしない。願ったって仕方のないことを、口走っても聞き取ってもらえないことを。
「あなた達が来るから‼ 私は殺したくない! なんで⁉ なんでくるの⁉」
赤黒く染まった刃を、振って、振って、振る。空刃が、壁を、床を、天井を
強いて言うなら、なぜ胸に突き刺さらなかった、と破片を糾弾しかけただけだ。
傷など、幾らでもできている。切り傷、刺し傷、この世の傷は全て受けたと豪語したっていいだろう。
それでも自分の命が潰えることはない。
幾ら人を殺しても、幾ら刃を血に染めても、何もかも変わらない。私はここに居て、ただ侵入者を狩るだけ。それがあの人の
あの人は、王国の英雄だ。
帝国と王国による、100年続いた戦争を、たった一つの魔法で終結させてしまった大魔法使い。
慈愛に満ち、敵である帝国兵さえも、戦争後に治療した。そのせいで、魔力不足で倒れてしまったほどだ。当たり前だ、王国だけでも数千、数万の兵を治療した後だ。
“終結の英雄”と呼ばれ、国王から直々に王国魔術師団団長に推薦されたこともあった。結局、あの人は断ってしまったけれど。
そんな、最強で権威の象徴のような彼女でも、老いには逆らえない。日に日に力を失っていった彼女は、最後にこのダンジョンと、
彼女はここに、全てを残した。あらゆる魔法についての史料、魔道具、禁忌と言われた呪術の類、そして、彼女の持っていた膨大な魔力。
彼女は魔力を、このダンジョン内に開放し、閉じ込めた。一つは、彼女の身体が万が一にでも誰かに、奪われたとき、その力を盗ませないため。もう一つは、私が永遠に動けるように。
それがなくなれば、動けなくなる。
そうして彼女は、私の背後にある、ダンジョン最奥の一室で、その一生を終えた。最期に、私に言葉をかけて。
『この力は強大すぎる、だから、あなたが護って。ごめんなさいね、こんなことお願いして、でもね、きっといつか救われる日が来る。だから、その日まで、私と、この地を護って。愛してるわ、…フ…ア…』
この地を護る。その命令は、次第に殺戮へと変換されていった。最初は、興味本位で訪れる人を追い返すだけだった。
けれど、刃を向けてくる者には、同じものを
でも、もう嫌。殺したくない、違う、最初から殺したくなどなかった。勝手に入ってくるから、剣を向けるから。
違う、護るために。違う、傷つけられたから。違う、違う、違う、血が………
「君か、動き続ける自動人形ってのは」
「――――っ!」
気づけなかった、気配がしなかった。
眩しいほど反射する、磨き抜かれた純白の鎧を身に纏い、
「……もう、終わりたいんだろう?」
剣が抜かれると
代わりに、右手を差し出していた。
「僕が救ってあげよう、王国騎士団団長、シュバルツ・アーサー・メイデンの名において、君を救おう」
意味がわからなかった。しかし、同時に理解していた。否、期待していた。この騎士は今、救うと言った。もしかしたら、彼がそうなのかもしれない。待ちわびた救い、もとい、
「今までの償いと共に、永遠に眠れ‼」
ゆっくりと、私が頷いた瞬間、騎士は踏み込んだ。磨き抜かれた剣技を以て、探索者を殺戮する兵器を壊す。その瞬間を、その目で確かめるため、騎士は瞳孔を大きくする。
しかし、結果を見れば、それは
白銀の剣閃が、少女の形をした殺戮兵器に触れる寸前、滑らかな一振りが、騎士の首を跳ねた。
ボトッと、グロテスクな音がして、その頭部が地面に転がり落ちた。斬られたこともわからず死んだ騎士、格好つけた構えを、そのまま残した胴体は、バランスを崩してバタッと倒れた。
そのくだらなく、とるに足らない実力に失望して、私は心を閉ざす。救いなんてない、待ったって無駄。
それが
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