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 携帯電話が上着のポケットで鳴る。チラッと見ると電話帳に登録していない電話番号だった。


「椿さん、電話ですか?」


「うん」


 誰だろう。

 まさか、ワンクリック詐欺ではないよね?


 取り敢えず、スルーする。


 数分後、再び携帯電話が鳴る。

 ワンクリック詐欺にしてはしつこいな。


 まさか……葉子に何かあったのでは……。


「ちょっとごめん。電話出るね」


 席を立ち店の外で電話に出た。


『いい度胸をしているな。この俺をすっぽかすとは』


 聞き覚えのある声だ。

 飲んだカクテルが、全部冷や汗となる。


「……もしかして社長ですか?」


『もしかしなくても俺だ。俺以外に誰が君に業務連絡するんだよ!』


 あんなメール、誰もしないよ。


「すみません、迷惑メールだと思ったので削除しました」


『は? 削除!? 君はクビだ』


 ク、クビ……!?


「それは不当解雇です」


『不当解雇? フン』


 電話の向こうで、鼻で笑われた。


『面白い女だな。今どこにいる? 賑やかな場所にいるみたいだな。今から来い』


「今から? ……ですか?」


『来なければこちらから出向く』


「……っ、待って下さい。それは困ります。同じ職場の人達と一緒だから。社長も困るでしょう」


『だったら、来い。三軒茶屋の隠れ蓑だ』


「三軒茶屋……。それだけではわかりません」


『だから店の地図を貼り付けただろう。削除するからだ。老舗だ。タクシーで店名を言えばすぐにわかる』


「わかりました。行きます」


 行くと言わなければ、本当に押し掛けて来そうだから怖い。


 店内に入ると木葉君と桃花ちゃんが肩を寄せあい、いい雰囲気でグラスを傾けていた。


「椿さん、電話誰からですか?」


「友達だよ。ごめん、私行かないと。友達に呼び出しくらってさ、行かないとおっかないの」


「それ女友達ですか? かなり俺様系女子ですね」


 俺様系女子ではなく、正真正銘俺様なんだけど。


 社長の権力を嵩に、社員がみんなひれ伏すと思ったら大間違いなんだから。


 でも居候の身としては、拒否権はゼロに等しい。


「椿さん帰っちゃうの?」


 ちょっとほろ酔いの桃花ちゃん、可愛いな。


「ごめん、木葉君お先に失礼するね」


 財布から二万円抜き出し、カウンターに置き立ち去る。


「わぁ、椿さん! ご馳走さまです」


 笑顔の桃花ちゃん。

 木葉君の顔つきが変わる。


「椿さん待って下さい」


 木葉君はお金を掴むと、私を追って来た。


「お金は受け取れない。今夜は俺が誘ったんだから、せめて俺に払わせて下さい」


「このお店、高いでしょう。アルバイトの木葉君に払ってもらうわけにはいかないよ」

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