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「とにかく! 受け取れません!」
木葉君はお金を私のバッグに突っ込んだ。
「木葉君……もしかして怒ってるの?」
「怒ってますよ。俺は椿さんと二人で飲みたくて、このお店に誘ったのに」
「本当にごめん。二人きりで飲む自信なくて。木葉君は優しいから。ごめんね、じゃあ遠慮なく。今夜はご馳走さまでした」
「椿さん……」
私はカウンターに座っている桃花ちゃんに手を振る。
「私もそんなに強くないから。あまり優しくしないで。桃花ちゃんはいい子だよ。おやすみなさい」
店を出た私は、タクシーを停めて三軒茶屋に向かった。
木葉君には大人の振りをしたけど、本当は全然大人なじゃない。年齢だけが毎年更新され、精神年齢は二十歳くらいで止まったままだ。
「お客様どちらまで?」
「三軒茶屋の隠れ蓑まで。ご存知ですか?」
「三軒茶屋の隠れ蓑を知らないなんて。タクシー業界では有名ですよ。高級老舗、常連しか入れない有名人や政治家御用達の店です。お忍びですか?」
「お忍び!?」
確かに、誰かに見られては困るけど。
お忍びだなんて。
「やはりそうですか。お忍びに利用される方が多いですよね。こっそり入店し、出口は方々に用意されてるらしいですからね」
そんな店なの?
まるで忍者屋敷だ。
有名人が恋人や愛人と密会するのかな。
「私は堂々と入り堂々と出ます」
タクシーの運転手はケラケラと笑った。
そんな店に呼び出さないでよ。余計誤解されちゃうじゃない。
◇
―隠れ蓑―
立派な門扉、高そうな料亭だ。
タクシーを降りて店に向かう。隠れ蓑の女将に出迎えられ、離れの個室に案内された。
室内は十二畳、中央に座卓があり社長がどっかり腰をおろし、酒を飲んでいた。
「お連れ様のお料理をすぐにお持ちしますね」
襖で仕切られた隣室。
もしや布団が敷かれてたりしないよね?
淫らな妄想が頭を過り、トクンと鼓動が跳ねた。
「遅い」
いきなり何よ。
そんなの知らないよ。
「あの……」
「なんだ」
「あのようなメールや電話はしないでいただけませんか?」
「何故だ」
「迷惑メールと勘違いしますし」
だいたい迷惑メールだし。
「ごちゃごちゃ言ってないで座れ」
「……はい」
社長と向き合い座布団に腰をおろす。社長はお猪口を私に差し出してお酌をした。
「今朝は上手く逃げたな」
「はい、あんずさんに小荷物用のエレベーターを教えていただき、そこから……っ」
ついバカ正直に答えてしまった。
「小荷物用か、野良猫が逃げ出すにはちょうどいい」
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