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「もうすぐ開店だよ。みんなお喋りはその辺で。早苗さん、今日はフラワーアレンジ教室だから、華ちゃんに徐々に引き継いで。このまま銀座店でレッスンしたい人もいると思うから」
「はい、わかりました」
「桃花ちゃんは僕のアシストしてくれるかな。レストランでバースデーパーティーの予約が入ったから。店内のアレンジと花束、薔薇をメインに華やかなイメージで仕上げたい。準備してくれるかな」
「はい。バースデーパーティーだなんて、素敵ですね」
「熟年のご夫婦なんだけど、奥様がアメリカ育ちで、フレンチレースが好きみたいなんだ。特注したからもうすぐ届くはず」
「フレンチレース?」
「乳白色の花色。開花するにつれ、花色は白に変わる。丸弁平咲きで切り花にも適し美しい花だ」
「熟年のご夫婦でバースデーパーティーだなんて、奥様幸せですね。店長は奥様にバースデーパーティーとかされるんですか?」
「うちはそんな派手なことはしないよ。子供もまだ小さいし、手が掛かるからね」
「だからこそ、パーティーなんですよ。店長は意外と女心わかってないですね。釣った魚に餌はやらないタイプですか?」
「桃花ちゃんは手厳しいな」
店長は笑いながら、桃花ちゃんを見つめた。店長が家庭の話をすると心が痛む。夫婦仲はよくないと話していたのに、私の前で笑顔で家族の話ができるなんて。
銀座店の前に車が停まった。
本社の配送車。契約農家から仕入れた花が毎朝届く。
配送車から降りたのは、スーツ姿の男性。いつもの配送担当者も一緒だ。
「おはようございます。副社長、どうされたのですか?」
「銀座店に素敵な女性がいると、小林さんから勧められ、ご挨拶に伺いました」
「花嫁候補選びですか?」
「これは店長、もうそんな話が? 困りましたね。こっそりご挨拶するつもりでしたが、すでに知られているのなら堂々とご挨拶しましょう」
「桃花ちゃん、副社長にご挨拶を。彼女は新入社員ですが、努力家で適応性もあります」
「そうですか。美しい女性ですね。店長の指導のもと、仕事頑張って下さいね」
副社長は桃花ちゃんと軽く挨拶を交わすと、教室に向かって歩いて来る。
早苗さん?
副社長の相手は、まじで早苗さん?
私は教室内でアレンジ教室の準備をする。今日はワイヤリング。ワイヤリングに適した花選びをして、グリーンも選ぶ。
「おはようございます」
「副社長、おはようございます」
「君は……」
「椿華です」
副社長はにっこり微笑んだ。
鬼畜社長と同じ血が流れているとは思えないくらい優しい笑顔だ。
「花咲成明です。ワイヤリングですか? カーネーションやチューリップ、バラもいいね。グリーンはゲイラックスやギボウシが適しているよ」
「はい。ご指導ありがとうございます」
「なるほど、ベテランなのにでしゃばらない。謙虚で清楚なイメージなのに、不思議な存在感がある。アレンジすることで、主役にも脇役にもなれる」
「……えっ?」
一体、なんのこと? 花のことだよね?
「椿華さん。今日はお話が出来て良かったです。小林さん、ありがとうございました。失礼します」
「副社長、イチオシです。記憶に留めて下さいね。お疲れ様です」
イチオシ?
早苗さん……まさか? 私!?
副社長は花の荷降ろしを手伝い、配送車に乗り込む。私達は深々と頭を下げ、配送車を見送った。
「早苗さんっ! どういうことですか!」
「あはは、まさか本当に来るとは思わなかったんだよ! 冷やかしのつもりだったの。社員から花嫁を選ぶ噂マジだったんだね。ビックリした」
ビックリって、私がビックリだよ。
私は今社長のマンションに居候している身だ。社長にも副社長にもこれが知れたら、それこそアウトだ。
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