60

「もうすぐ開店だよ。みんなお喋りはその辺で。早苗さん、今日はフラワーアレンジ教室だから、華ちゃんに徐々に引き継いで。このまま銀座店でレッスンしたい人もいると思うから」


「はい、わかりました」


「桃花ちゃんは僕のアシストしてくれるかな。レストランでバースデーパーティーの予約が入ったから。店内のアレンジと花束、薔薇をメインに華やかなイメージで仕上げたい。準備してくれるかな」


「はい。バースデーパーティーだなんて、素敵ですね」


「熟年のご夫婦なんだけど、奥様がアメリカ育ちで、フレンチレースが好きみたいなんだ。特注したからもうすぐ届くはず」


「フレンチレース?」


「乳白色の花色。開花するにつれ、花色は白に変わる。丸弁平咲きで切り花にも適し美しい花だ」


「熟年のご夫婦でバースデーパーティーだなんて、奥様幸せですね。店長は奥様にバースデーパーティーとかされるんですか?」


「うちはそんな派手なことはしないよ。子供もまだ小さいし、手が掛かるからね」


「だからこそ、パーティーなんですよ。店長は意外と女心わかってないですね。釣った魚に餌はやらないタイプですか?」


「桃花ちゃんは手厳しいな」


 店長は笑いながら、桃花ちゃんを見つめた。店長が家庭の話をすると心が痛む。夫婦仲はよくないと話していたのに、私の前で笑顔で家族の話ができるなんて。


 銀座店の前に車が停まった。

 本社の配送車。契約農家から仕入れた花が毎朝届く。


 配送車から降りたのは、スーツ姿の男性。いつもの配送担当者も一緒だ。


「おはようございます。副社長、どうされたのですか?」


「銀座店に素敵な女性がいると、小林さんから勧められ、ご挨拶に伺いました」


「花嫁候補選びですか?」


「これは店長、もうそんな話が? 困りましたね。こっそりご挨拶するつもりでしたが、すでに知られているのなら堂々とご挨拶しましょう」


「桃花ちゃん、副社長にご挨拶を。彼女は新入社員ですが、努力家で適応性もあります」


「そうですか。美しい女性ですね。店長の指導のもと、仕事頑張って下さいね」


 副社長は桃花ちゃんと軽く挨拶を交わすと、教室に向かって歩いて来る。


 早苗さん?

 副社長の相手は、まじで早苗さん?


 私は教室内でアレンジ教室の準備をする。今日はワイヤリング。ワイヤリングに適した花選びをして、グリーンも選ぶ。


「おはようございます」


「副社長、おはようございます」


「君は……」


「椿華です」


 副社長はにっこり微笑んだ。

 鬼畜社長と同じ血が流れているとは思えないくらい優しい笑顔だ。


「花咲成明です。ワイヤリングですか? カーネーションやチューリップ、バラもいいね。グリーンはゲイラックスやギボウシが適しているよ」


「はい。ご指導ありがとうございます」


「なるほど、ベテランなのにでしゃばらない。謙虚で清楚なイメージなのに、不思議な存在感がある。アレンジすることで、主役にも脇役にもなれる」


「……えっ?」


 一体、なんのこと? 花のことだよね?


「椿華さん。今日はお話が出来て良かったです。小林さん、ありがとうございました。失礼します」


「副社長、イチオシです。記憶に留めて下さいね。お疲れ様です」


 イチオシ?

 早苗さん……まさか? 私!?


 副社長は花の荷降ろしを手伝い、配送車に乗り込む。私達は深々と頭を下げ、配送車を見送った。


「早苗さんっ! どういうことですか!」


「あはは、まさか本当に来るとは思わなかったんだよ! 冷やかしのつもりだったの。社員から花嫁を選ぶ噂マジだったんだね。ビックリした」


 ビックリって、私がビックリだよ。


 私は今社長のマンションに居候している身だ。社長にも副社長にもこれが知れたら、それこそアウトだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る