華side

58

「椿様、今の内に早く脱出を……」


「あんずさん、社長と檀さんは」


「寝室でお着替えでございます」


「寝室……」


 社長と檀は深い関係にある。

 朝っぱらから寝室に……。


 私への当て付け?

 乱れている。本当に乱れている!


 社長のこと、鬼畜社長ではなく、ちょっと庶民的でいいところもあるなって思ったのに、全部撤回だ。


 朝から秘書と寝室だなんて、ハレンチにも程があるよ。


「あんずさんありがとう。夕食はいりません。行ってきます」


「椿様、お勝手口から荷物用エレベーターに」


「お勝手口? そうね、わかりました」


「お勝手口はこちらです」


 私は玄関フロアではなく、キッチンにある勝手口を出る。勝手口を出ると、目の前には荷物用エレベーター。


 私は荷物か。確かにお荷物だ。

 自分で自分に突っ込みながら、何とかマンションを脱出した。


 ◇


 ―フラワーショップ華、銀座店―


「店長、おはようございます」


「おはよう華ちゃん。早いね、昨日どうだった?」


 いつもより少し早めに出社した私。店内には早苗さんも桃花ちゃんもいない。


「昨日はお花をありがとうございました。義姉が店長にお礼を申しておりました」


 店長の気遣いに、私はつい嘘を吐く。兄との醜いいざこざを、昨日職場で見せてしまったからだ。


「お兄さん夫婦と揉めていたなんて知らなくて。相談に乗れなくて申し訳なかった」


「いえ……」


「でも僕より木葉君の方が、華ちゃんの家庭のことに詳しくて、ちょっと驚いた。昨日の彼を見てちょっと妬けたな」


「店長。木葉君とは同じ目黒なので、通勤前に駅で何度か一緒になっただけです」


「そうか。今は家にいるの?」


 店長の質問に、言葉に詰まる。


「はい。近日中にマンションを探すつもりです」


「そう。あんなことがあったんだ、家にいずらいよね。もしマンションが決まったら泊まりに行ってもいいかな」


 泊まりに……?

 店長と私の関係。これ以上、深みに堕ちっても未来なんてない。


 でも社長と秘書だって、未来なんてないのに、今朝も……。


 『結婚』なんて望まなければ、私はこのまま店長と付き合っていけるの? そんなの不道徳だ。


「事務的なこともあるので、引っ越したらお知らせします」


 賑やかな笑い声が店頭に響く。


「おはようございます」


「早苗さん、桃花ちゃんおはようございます。随分賑やかですね」


 早苗さんは私の顔を見て、ニカッと笑った。


「どうしたんですか、早苗さん」


「実はね……」


 早苗さんは桃花ちゃんと顔を見合せた。

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