【7】傷ついた恋

47

 夕方、アルバイトの二人も出社し、私は外回りの準備を始める。


 今日から木葉君は私のアシスタント。まだ花束しか作れない木葉君。今までは早苗さんや店長に助けてもらった。


 でも今日から、全て私の責任になる。


 車に花を積み込んでいると、背後で声がした。


 それは、憎しみに満ちた声だった。


「華、あんなことをしておきながら、暢気によく仕事が出来るな」


「……兄さん。赤ちゃんは」


「葉子はショックで……ずっと泣いているよ」


「まさか……」


「俺達の赤ん坊を殺したのはお前だ! あの時、お前が突き飛ばさなければ、葉子は階段から落ちなかった」


「私……突き飛ばしてないよ。葉子さんから聞いてもらえばわかる」


「葉子がお前に突き飛ばされたと言ったんだよ! もう二度と椿の家の敷居を跨ぐな! いいな!」


「兄さん! 違うの…。私は何もしてない」


 兄は私に手を振り上げた。思わず体が強張る。その時、兄の手を木葉君がむんずと掴んだ。


「椿さんはそんな酷いことはしません。あなたの奥さんが椿さんに散々嫌がらせをしていたことを、ご存知ですか? それを知っているなら、どちらの言い分が正しいかわかるはずだ!」


「君はなんなんだ! 華のせいで妻は流産したんだ」


「椿さんはお兄さん夫婦を気遣って一人暮らしをするつもりだった。その椿さんが、義姉にそのような酷いことをするはずはない」


「華、お前の朝帰りの相手は、まさかこの若い男なのか」


「朝帰り?」


 木葉君が私を見た。

 私は首を左右に振る。


「俺は椿さんが好きです。俺は椿さんを信じている。血を分けた妹を信じられないなんて、無慈悲なあなたやご両親の元に椿さんは返しません」


「木葉君……」


 兄は私に背を向けた。

 兄の手は怒りに震えていた。


 兄が立ち去ったあと、とても気まずい空気が流れた。


「木葉君、私を庇ってくれてありがとうございました。嘘を吐いてくれてありがとう」


「嘘? 木葉君、さっき言ったこと嘘だったの?」


 早苗さんが木葉君に視線を向けた。木葉君は状況を察し、ハッと我に返る。


「椿さんはそんなことをする人ではないと言うことは本当です。あとはその……お兄さんの言葉に腹が立ち熱くなり過ぎました。ちょっとやり過ぎたかな。椿さんすみませんでした」


「そうだな。木葉君の言葉は誤解を招く。華ちゃんの立場をさらに悪くしかねない。庇いたい気持ちはわかるが、家族間のことに他人が口を挟んではいけない。華ちゃんと恋愛感情があると思わせてしまったことも、反省すべきだ」


 店長は木葉君に強い口調で注意した。


「申し訳ありませんでした!」


 私を庇ってくれた木葉君が、店長やみんなに深々と頭を下げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る