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「華ちゃん、今朝はごめん」
「いえ……、私こそ早朝に電話してすみませんでした」
「朝帰りしたから、妻がしつこくてさ」
「奥様……優しい方ですね」
「華ちゃん、あれは……」
「私、もう店長とは」
店長に手を掴まれ、抱きすくめられた。
「僕は華ちゃんが好きだ。信じてくれ」
「……店長」
受話器越しに聞いた夫婦の会話や子供の声が鼓膜に甦る。店長のネクタイに思わず視線が向いた。
鮮やかなブルーに、グリーンのストライプだ。
「素敵なネクタイですね。よくお似合いです」
私は店長の腕からすり抜けた。
「華ちゃん、何か僕に話があったのでは? 思い詰めていた様子だったから」
「もう解決しました。ご心配掛けてすみません。もう二度と電話はしません。ごめんなさい」
店長は少し哀しそうな目で私を見た。
泣きたいのは私の方だ。
本当はあなたに縋りたい。でも、縋れるはずはない。あれは過ちだったのだから。
事務室のドアを開け、店頭でアレンジの花を選ぶ。店頭で販売するフラワーバスケットは全て私の担当だ。
背後から可愛い声がした。桃花ちゃんだった。
「オーニソガラム、小花は星形で花びらは純白。綺麗ですよね」
「ウェディングブーケに適してるのよ」
「そうなんですか」
「アルストロメリアはどんな花とも比較的相性がいいの。花びらは黄色だし、鮮やかでしょう」
「はい」
「店頭のフラワーバスケットは全部椿さんの作品ですか?」
「そうよ。早苗さんは結婚式場のブーケの予約で、毎日忙しいからね。それにスクール開校準備もスタートしたみたいだし、もう甘えていられない。桃花ちゃん頑張ろうね」
「はい、椿さんについて行きます」
私に?
そうか……。早苗さんが本社に行ったら、私がみんなを引っ張っていかなければいけないんだ。
プレッシャーで胃が痛くなりそう。
店長と危険な恋の沼にはまっている場合じゃない。
――午前中、桃花ちゃんは店長と外回りに出掛けた。
私は店番をしながら、フラワーバスケットをアレンジする。
正午前、早苗さんが出社した。
「おはよう、華ちゃん」
「おはようございます。お疲れ様です」
「あーー……疲れた。堅苦しい会議なんて、本当苦手だよ。しかも花咲一族の中に可憐な乙女が一人。役員という名の拷問だよ、拷問」
「可憐な乙女? 誰ですか?」
「やだ、華ちゃんそこ突っ込むの?」
「いえ、すみません。うふふ」
「社長も強引だけど、副社長もかなりなものね」
「副社長?」
「
「そうなんですか」
社長は池袋の高級マンションなのに、ご両親と副社長は恵比寿なんだ。
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