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「まるで野良猫だな。旅行でないとしたら、いい歳をして家出したのか」


 いい歳はよけいだ。パワハラだよ。


「何でもありません。独り暮らしをするので、引っ越しです」


「朝早くに引っ越し? それならば新しい住まいまで送ってやろう」


「社長にそんなことをしていただくわけには……」


「都合が悪いのか? 下手な嘘を吐くからだ。行くところがないのだろう。これからどうするつもりだ」


「キャリーバッグは駅のロッカーに入れて出社し、今夜はビジネスホテルに宿泊して、マンションを探します」


 社長は小馬鹿にしたように笑うと、運転手に目で合図を送る。


 運転手はルームミラー越しに私の顔をチラッと見た。


 感じ悪いな。

 社長も社長なら、専属運転手も運転手だ。


 車は本社がある新宿でも、銀座店でもなく、池袋に向かった。


「社長、何処に行くのですか?」


「野良猫は黙っていろ」


「……っ」


 車は池袋にある高級マンションの駐車場に停車する。運転手は直ぐ様運転席を降り、後部座席のドアを開けた。


 社長が私を睨んだ。


「降りろ」


「……はい」


 運転手はトランクからキャリーバッグを取り出し、エレベーターに乗り込む。


 私は黙って社長の後に続く。


 エレベーターはマンションの最上階に止まった。エレベーターのドアが開くと、廊下ではなくそこには広々としたフロアがあった。


「あの……社長……」


「このフロアは全て俺の住まいだ」


 えーー……。

 ぜ、全部!?


「社長、このお荷物はどちらへ」


「ゲストルームに運んでくれ」


「はい。畏まりました」


「三十分したら、仕事に向かう。駐車場で待機してくれ」


「畏まりました」


「社長、ゲストルームって……?」


「この部屋にはゲストルームは二つある。室内にバスもトイレも設置されている。住まいが見つかるまで自由に使うがいい」


 自由に?

 それって社長のお宅に、居候するってこと? まさか、私の体目当て!?


 鬼畜社長と同居するくらいなら、公園か駅のホームで野宿した方がマシだ。カプセルホテルも、ネットカフェもある。


「社長、ご好意は有難いのですが……」


「フラワーショップ華corporationは住所不定の人物は採用しないこととなっている。ネットカフェやカプセルホテル、ビジネスホテル利用となると、規定に反するため解雇もやむを得ないな」


「……解雇!? それは困ります」


 無職でマンションは借りられない。こんなことなら、先にマンションを探せば良かった。

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