37

「今夜、品川のドゥ・ロンサールホテルで待ってる」


「店長……。誰かに見られたら……」


「わかっている。僕はもう少しあと部屋に戻る。華ちゃん、好きなんだ」


 店長の唇が重なる。

 酒の酔いも回り、体の芯がじんと熱くなる。


「店長……いけません」


「待ってるから。じゃああとで」


 店長は暫くその場に留まり、私は足早に部屋に戻る。顔は火照り鼓動はドクドクと脈打つ。


「華ちゃん遅かったね。顔真っ赤だよ。飲み過ぎたの?」


「そうみたい。すみません。酔っ払ってます」


 早苗さんは店長と私の関係に薄々気付いている。だから、早苗さんと目を合わせることが出来ない。


 どんなに酔っていても、早苗さんには見抜かれてしまいそうで怖い。


「そろそろお開きにしますか? 凛子ちゃんを遅くまで付き合わせるといけないしね。あれ? 木葉君、店長は?」


「トイレかな?」


 早苗さんは私にチラッと視線を向けた。


 ドアがガチャンと開き、店長が戻って来た。


「もう時間?」


「はい、二時間経過しました。店長、凛子ちゃんの家までタクシーで送って下さいよ」


「僕が凛子ちゃんを?」


 店長は早苗さんの言葉に少し困り顔だ。


「早苗さん。母が迎えに来るから私は大丈夫です」


「だったらここで今夜は解散しよう。みんなお疲れ様でした。凛子ちゃんのお母さんが迎えに来られるまで僕も待つよ。こんな時間まで付き合わせて悪かったね。お母さんにお詫びしないとな」


「いえ、凄く楽しかったです。ディオラマとは全然雰囲気が違って、皆さんとよりいっそうお近づきになれた気がして嬉しかった」


 凛子ちゃんは嬉しそうに笑った。


「じゃあお先に失礼します。椿さん一緒に帰りましょう」


 木葉君の誘いに、みんなの視線が一斉に私達に向く。


「ち、違いますよ。私達は同じ目黒なんです」


「そうですよ、椿さんとは同じ駅なんです」


「何だ、そうなの。二人が付き合ってるのかと勘違いしたよ。もしそうでも私には偉そうなこと言えないけどね」


 早苗さんは店長に視線を向けた。店長は聞こえているはずなのに、視線は逸らしたままだ。


「店長、お先に失礼します」


 早苗さんはタクシーを止め、桃花ちゃんと一緒に乗り込む。私は木葉君と駅に向かった。


「木葉君……。私ね、今日は友達のところに泊めて貰う約束をしてるの」


「友達ですか?」


「うん。ごめんなさい。だからここで……」


「自宅に帰るのが辛いのですか?」


「それもあるかな」


 店長のところには行かないと決めたはずなのに、頭と体は別の方角を向いている。

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