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―空和戯―KARAOKE―
個室に入り、早苗さんはトゥモローの苗をステージに置いた。
「店長乾杯しましょう。凛子ちゃんはノンアルコールね」
早苗さんは店員を呼び、ビールやカクテル、おつまみやチキン、ピザやパスタをオーダーした。
「若い人が入ると嬉しいね」
お酒をまだ飲んでいないのに、早苗さんは上機嫌だ。
「小林早苗、歌います!」
トップバッターでマイクを握り、一昔前のヒットメドレーを歌う。
「こら、木葉羅瑠久、一緒に歌いなさい!」
「あっ! はい!」
木葉君はマイクを渡され、早苗さんと熱唱している。
桃花ちゃんと凛子ちゃんは年齢も近く、和気藹々とタンバリンやマラカスを振っている。
アメとムチ。
厳しい指導で時に泣かされてしまうけど、仕事を離れると誰よりも部下やアルバイトを気遣う。
役員に抜擢される人の器は、やっぱり違うな。
「今日、前社長が来店されたのか?」
大音響の中、店長が私に話し掛けた。
「はい」
「何のために?」
「奥様への花束を注文されました」
「奥様への……? それで早苗さんは荒れているのか?」
「店長、それは違いますよ。お二人はとてもいい間柄です。荒れているのではなく、盛り上がってるんです」
店長は私を見つめた。
「いい間柄か……。女性はよくわからないね」
カラオケのスタッフが、オーダーした料理やドリンクをテーブルに並べる。
「早苗さん、乾杯しましょう」
「はい!」
早苗さんはマイクを握ったまま、グラスを掴む。
「それでは、早苗さんの役員昇進と、新たに桃花ちゃんという戦力を加え、今は大変な時ではありますが、一致団結し乗り越えていきましょう。アルバイトの二人も力を貸して下さいね。では、銀座店の益々の繁栄を祝し、カンパーイ!」
「「カンパーイ!」」
ほんの一時ではあるが、みんなの気持ちが一つになれた気がした。
カラオケで私も木葉君とデュエットをした。そして店長とも。
早苗さんはいつもより沢山お酒を飲んだ。その心中は私にも計り知れない。
化粧室に行くために席を立つ。
化粧室から出ると、廊下の隅に店長が立っていた。
非常階段の入口、そこは個室から死角になっている。
店長が私の腕を掴んだ。
私の体は店長の腕の中に倒れ込む。
「店長……ダメです」
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