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「華ちゃん、これが得意先の振り分け。早苗さんと挨拶回りしてきて」
渡された名簿には、得意先のリスト。結婚式場やホテルは記載されていないが、銀座の店名が連なる。
「これ全部早苗さんの得意先ですよね」
「そうだよ。実質上、早苗さんが回るのはもう不可能なんだ。大手の顧客は外してある。個人店舗は僕と華ちゃんと桃花ちゃんで担当する」
「はい」
リストを手にして、かなり怖じけづいている。
「華ちゃん、挨拶回り行くよ。一応、花とグリーンを車に積んで。急な注文入るかもしれないから」
「はい」
私は数十種類の花を車に積み込み、運転席に乗り込む。
早苗さんを指名している店ばかり、私が担当となると苦情が出ることは免れない。それよりも契約を切られるかも。
早苗さんはお店を一軒ずつ回り、事情を説明し、お詫びにといく先々で無料でアレンジをした。
小さな花器に活けられた花をプレゼントされ、どの店も最後は快く早苗さんを見送ってくれた。
今日訪ねた先は十軒。
早苗さんでなければ、注文しないと苦情を述べた店主も、早苗さんの人柄からか、「早苗さんの一番弟子ならば、間違いないでしょう。今後とも宜しくね」と、私に笑みを向けた。
小林早苗の一番弟子。
いつの間にか、私はそういうことになっている。
「早苗さん、一番弟子だなんて。私はただのアシスタントです」
「今さら、何言ってんのよ。一番弟子と言えば、どの店も文句言わないわ。事実、ずっとアシスタントだったんだから。あとは華ちゃん次第、任せたからね」
「……っ、そんな無責任な」
「まだ半年あるわ。万が一苦情が出たら、私が対処するから心配しなさんな」
「……はい」
「華ちゃん、私さ、本当に一番弟子だと思ってるんだよ」
「やだ、早苗さん。まだあと半年あるのに、泣かせないで下さいよう……」
「何泣いてるのよ。ほら、まだ仕事が残ってるでしょう。明日も挨拶回り行くからね」
「……はい」
店に戻ると店長と桃花ちゃんの姿はなかった。
「ただいま、木葉君店長は?」
「HOTEL MI−NAからロビー用の発注があり、二人で行かれました」
「そうなんだ」
「椿さん、店長から椿さんのアシスタントにつくように言われました。俺、頑張りますから!」
「まだもう少し先だよ。その時がきたら宜しくね」
「はい!」
爽やかな好青年。
不安な気持ちが少しだけ癒される。
「華ちゃん、ブライダルブーケ作るよ」
「はい、今行きます」
ポケットの携帯電話。
携帯電話にはひとつの着信メール。
【今夜、逢えないかな?】
それは店長からのメールだった。
携帯電話をポケットに入れ、教室に入る。早苗さんはもうブーケの作成に取り掛かっている。
「明日は結婚式場の予約が入ってるから。華ちゃんと桃花ちゃんと三人で行くからね」
「はい」
店長のメールに迷っている自分がいる。
メールが気になりつつも、すぐに返信出来ない自分もいる。私は何を求めているんだろう。
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