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 ―フラワーショップ華、銀座店―


「おはようございます」


 店内に入ると、早苗さんが私に目で合図した。事務室の中で、どうやら社長と秘書、店長の三人が何やら話をしているらしい。


「昨日、桃花ちゃんを泣かせたこと、もうバレたのかな? 地獄耳だな」


 いや、そんなことでわざわざ社長が銀座店に来るはずがない。


 昨夜のこと……。

 店長と私の関係に気付いたんだ。


 ドアが開き、社長が私に視線を向けた。


 昨夜のキスを思い出し、唇がジンと痺れる。


 店長だけが悪いわけじゃない。一夜とはいえ、不倫は同罪だ。


 私が言葉を発する前に、社長が口を開いた。


「小林早苗を本日付でフラワーショップ華corporationの役員とする。今秋、フラワーアレンジスクールを開校し、講師兼経営陣に携わることとなる。小林には役員となるため、本社への異動を命ずる。小林を指名するホテルや結婚式場は臨機応変に対応すること」


 早苗さんが本社に異動、しかも役員!?

 フラワーショップ華corporationの役員は親族だけで成り立っている。早苗さんの昇格は異例中の異例だ。


「開校準備や役員会もあり、小林は頻繁に本社に来てもらうことになるから、そのつもりで」


「私が経営陣に?」


「そうだ。辞令は通常ならば一週間以内に異動先に赴任することが習わしだが、半年間の猶予を与えたのは、スクールの準備期間だからではない。半年で不出来な正社員を、一人前にすることも重要な仕事だ。小林が異動になることで、この銀座店を潰してはならない。いいな」


 不出来な正社員……。

 私のことだ。


「以上、檀、スクール開校までのスケジュールと役員会のスケジュールを小林に渡すように」


「はい、社長」


 秘書はフラワーアレンジスクールと印刷された黄色い封筒を早苗さんに差し出した。


「役員昇進並びに今秋スクール開校が正式に決定し、おめでとうございます。小林さんは本日付で社員ではなく役員に昇格致しました。こちらはスクール開校に関しての重要書類となります。詳細や打ち合わせは後日企画会議を行います。役員会のスケジュールはこちらになります」


「それはどうも」


 早苗さんは封筒を受け取り、社長に視線を向けた。


「あなたにお礼を言うべきかしら? ファミリーでもない私を役員にするなんて、異例にもほどがある。一社員の私を簡単に役員にしてもいいの?」


「君の実力を評価したまでだ。失礼するよ」


 社長が私の前を通り過ぎた。ほんの一瞬、目が合った。


 思わず視線を逸らすと、秘書と目が合った。彼女の眼差しは、とても冷たく嫉妬に満ちた女の目をしていた。


「早苗さん、おめでとうございます」


 本当は不安。

 早苗さんがいなくなれば、この店の売上は一気に落ちる。


「華ちゃん、ありがとう。ここのアレンジ教室、希望者がいれば華ちゃんが続けなさい」


 希望者なんて、きっといないよ。みんな小林早苗にフラワーアレンジを教わりたくて通ってるんだ。


 本社のスクールに生徒はみんな流れてしまう。


「それは追々考えるとして。早苗さんも開校準備できっと忙しくなると思うから、店に常時いられないと思う。今の内に引き継ぎをしっかりして欲しい」


「華ちゃんがいれば大丈夫よ。ずっと私のアシスタントだったから。銀座のお店も、お得意先も全部一緒に回ってる」

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