28

「そう。華が夢をもってこの家を出るなら、父さんも母さんも応援するわ」


「ありがとう」


「じゃあね。おやすみなさい」


「お寿司ありがとう。おやすみなさい」


 本当は夢を追いかけて家を出るわけじゃない。この家に居場所がないだけだ。


 ◇


 翌朝、兄夫婦の浮かれた顔を直視出来なくて、朝食を食べずに駅に向かった。


 朝食を抜くと必ず立ち寄る駅前のカフェ。いつものモーニングを注文して空席を探す。


「椿さん、おはようございます」


「木葉君、おはよう。よく逢うね」


 木葉君の爽やかな笑みを見たら、曇り空の隙間から、太陽の光が差し込んだみたいに、明るい気持ちになれた。


「座っていい?」


「もちろんです」


 私がもしも大学生なら、間違いなく木葉君に恋をするだろう。


「家族と同居なのに朝御飯はモーニングですか?」


 そんなににっこり笑って言わないでよ。


「色々あるのよ。兄夫婦に赤ちゃんが出来たの」


「おめでとうございます。椿さんに姪子さんか甥子さんが出来るんですね」


「やだな、叔母さんになるといいたいの?」


「違いますよ。甥や姪ってきっと可愛いんだろうなって」


 そうだよね。

 木葉君はいつだって、爽やかなんだ。私みたいに卑屈な考え方はしない。


「私ね、家に居場所がないの。兄夫婦に赤ちゃんが出来るとますます肩身が狭いっていうか……」


「それでカフェでモーニングですか?」


「ごめん。嫌な女でしょう。軽蔑するよね」


 木葉君は首を左右に振る。


「最近、椿さん店でも様子がおかしいから、気になっていたんです」


 ……それは、店長のことがあるから。


「家族のことが原因だったんですね」


「こんな話をするなんて、私もどうかしてる。忘れて」


 どっちが年上かわからない。

 木葉君相手に愚痴を溢すなんて、大人げないな。


 珈琲にシュガーを二つ入れる。ミルクもたっぷり。木葉君はブラックだ。


「家を出ようと思ってるの。家賃が高いから、シェアハウスでも探そうかな」


「シェアハウスですか? だったら、俺のところに来ませんか?」


「えっ?」


 木葉君の言葉の意味がわからず、数回瞬きをした。


「もう一回言いますね。シェアハウスを探しているなら、一緒に暮らしませんか? 俺のマンション、二DKなんです。一部屋空いてるから」


 大学生なのに目黒のマンション。しかも二DK、家賃は親が負担。恵まれてるな。木葉君ってセレブな家庭の子息なのかも。

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