27

 冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを掴み、ダイニングルームを出る。


 二階の自室に入り、ポテトチップスの袋を取り出し、開封して口に頬張る。


 夕食は食べてないし。

 本当はお腹空いてる。


 頭痛は病的なものではない。

 社長のこと、店長のこと、仕事のこと、兄嫁の妊娠のこと、この家を出るべきか否か、色々考えると頭が重い。


 ミネラルウォーターを開け、直接口をつけた。逃げるようにダイニングルームを出たから、コップも持って来なかったな。


 二十九歳にもなるのに、本気の恋も、自立もしてない私。


 もうそろそろ、大人の生き方をしたいよ。


 暫くして、ドアをトントンと叩く音がした。


「華、入るよ」


 ポテトチップスを慌てて、背中の後ろに隠した。


 ドアが開き母が部屋に入った。母の手にはお寿司やオードブルの乗ったお皿と、カットしたケーキとコーヒー。


「ポテトチップスが食べれるなら、お寿司も食べなさい。夕食まだなんでしょう」


「どうしてわかるの」


「ポテトチップスの匂いが部屋に充満してるもの。華、お兄ちゃんと葉子ちゃんのこと、気にしなくていいからね」


 今さら何言ってんだか。

 気にするに決まってる。


「別に気にしてないよ」


「今時、親や小姑と同居してもいいなんて、そんなお嫁さんいないからさ。母さんも父さんも葉子ちゃんのこと、娘みたいに思ってるの」


「実の娘が不出来ですみません」


「卑屈にならないで。お兄ちゃんは結婚二年目でやっと子宝に授かったから嬉しいのよ。母さんも父さんも華はこの家から嫁がせるつもりだから。赤ちゃんが生まれても、急いで出て行かなくていいからね」


「母さん……」


「この家を出て行く時は、華がお嫁に行く時だから」


「それはどーも」


 素直じゃない私。可愛げのない小姑。


 私、結婚出来るのかな。

 店長にも兄夫婦みたいに家庭がある。


 夫婦仲が今は上手くいってないとはいえ、子供がいるんだ。店長も兄みたいに妊娠を喜び、慈しみ育てた可愛い子供がいる。


 それなのに私は……。


「母さんごめんなさい」


「なによ、謝るなんてどうしたの」


「当分、お嫁に行く予定がないから。私、マンション探すね。お兄ちゃんに子供が出来るからじゃない。三十歳になったら、自立するつもりだったから。この部屋を子供部屋にしていいよ。そうしたら増築なんてしなくていいでしょう」


「華、母さんの話を聞いてなかったの」


「聞いてたよ。嬉しかった。でもね、赤ちゃんが隣室で夜泣きするのは耐えられないんだ。寝不足になると、仕事に支障きたすし、私ね担当任されてることになったの」


「まぁ、そうなの?」


「私も小林早苗さんみたいになりたいから、仕事頑張りたいの」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る