華side

26

「もしもし……」


『華ちゃん、何かあったのか?』


「すみません。急用ができて行けなくなりました。本当にごめんなさい」


『そうか。気にしないで。今夜は僕も帰るよ。華ちゃんまた逢ってくれるよね?』


「……はい。あの……店長。そのホテルは本社の所在地ととても近いので。もしも本社の誰かに目撃されたら……」


『近いからこそ、誰も僕達がここで密会しているとは思わないだろう。ある意味、死角ともいえる場所だ』


 そんなことを考えるなんて、社長も同じ発想なのかな。


 社長と隣室だなんてあり得ないし。二度と同じホテルの同じ部屋には行かない。


『でも華ちゃんが嫌なら、次は違うホテルにするよ。じゃあ、また明日』


 私、何を言ってるんだろう。

 ホテルを変えても、不倫は不倫なのに。


「はい。おやすみなさい」


 ◇


 ―自宅―


「ただいま」


「お帰りなさい」


 帰宅すると、上機嫌の母に出迎えられた。


「どうしたの? 母さんニヤニヤして気持ち悪いわね」


「華おばちゃんのお帰りよ」


「華おばちゃん!? 失礼ね」


「だって仕方ないでしょう。年内には華も叔母さんになるんだから」


「えっ? それって?」


 母に背中を押されダイニングルームに入ると、テーブルの上にはお赤飯やお寿司、オードブルが並び、クリスマスみたいに豪華なホールケーキまである。


 葉子は花束を抱え、兄と携帯で写真を撮っている。


「華、お帰り。俺達やっと子供が出来たんだ。今、葉子は妊娠三ヶ月なんだよ」


 口煩い兄が、気持ち悪いほどヘラヘラと笑っている。


 妊娠って、そんなに嬉しいのかな。未婚の私には全然わからない。


 家族みんなが、まるでカーニバルのように浮かれている。私だけが、お祭り気分になれなくて、素直に「おめでとう」って言えなかった。


 兄が赤ワインを開け、グラスに注ぐ。グラスの中で揺れるワインを見ていると、さっきホテルで社長にキスをされたことを思い出した。


「華、一緒に乾杯しよう」


 そんな気分になれないよ。


「華、叔母さんになるからって、そんな不貞腐れないの」


 母さんは何もわかってない。

 そんな冗談に笑えるほど私は寛大ではない。


「華、葉子さんに『おめでとう』くらい言いなさい」


 父さん、もしも私が妊娠しても同じセリフが言える?


「大君、赤ちゃんの部屋どうする?」


「増築するしかないな」


 それって……。

 葉子は遠回しに私が邪魔だって言ってるんだよね。


「私、今日は頭痛がするの。ごめんなさい、部屋で休むわ。お義姉さんおめでとう」


 年下なのに、お義姉さん。

 他人なのに、家族。

 家族なのに、私はこの家で他人みたいだ。

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