23
これも早苗さんの愛の洗練。
『厳しい指導に耐えることが出来れば、一人前になれる』以前店長にそう言われたっけ。
二十一時やっと閉店。
「お疲れ様でした」
店長と一緒に帰るわけにはいかず、店長は一足先に車で店を出た。
「華ちゃん、女子会しよう。飲みに行かない?」
桃花ちゃんを泣かせた早苗さん。それなのにサラリと飲み会に誘う。
「すみません。ちょっと今夜は……」
「用事があるなら仕方ないな。桃花ちゃん飲みに行こう。歓迎会は近日中にセッティングするからね。多分ファミレスだけどね」
早苗さんは桃花ちゃんを連れて、銀座の街に消えた。
唯一未成年者の凛子ちゃんは八時に帰宅し、木葉君も店で別れ私一人だ。
私は正直迷っていた。
店長のことは好き……。
でも、このまま不倫を続けてもいいものか……躊躇している自分がいる。
最寄り駅に行くと木葉君が私を待っていた。
「椿さんお疲れ様です。同じ目黒だし、一緒に帰りませんか?」
「一緒に?」
「はい」
若いな。ずっと立ち仕事だったのに全然疲れた顔をしてない。
私なんて、二軒お店を回っただけでヘトヘトだよ。
木葉君と一緒に帰れば、私は罪を重ねずにすむ。そうだよ、このまま今夜は帰宅しよう。
その時、携帯電話が音を鳴らした。
【この間と同じ部屋で待ってる。】
店長からのメールだった。
店長に……逢いたい。
気持ちが揺れて、私の中の罪悪感が薄れていく。
「椿さん、もしよかったら、一緒に食事しませんか?」
「食事? ごめん木葉君。友達からメールがきたの。今から逢うのよ。食事はまたね」
「本当ですか? 今度俺と一緒に食事して貰えるんですか?」
一緒って。
特別な意味なんてない。
モーニングを食べたみたいに、夕食を食べるだけ。
木葉君と別れ、私は新宿に向かった。セントセシリアホテル。社長と鉢合わせしたホテルだ。
店長と想いが通じた部屋の隣で、社長と秘書が密会していた。
同じ夜を同じホテルで過ごしたなんて。
考えれば考えるほど、あの夜が汚された気がしてならない。
待ち合わせが違うホテルならいいのに。セントセシリアホテルは本社に最も近い。
重い足取りでホテルの中に入る。ロビーのエレベーターに乗り八階を押す。
客室は確か809だったはず。
エレベーターを降りて部屋のインターホンを鳴らす。
ドアが開き、私の目の前に白いバスローブ姿の男性が、ワイングラス片手に立っていた。
その男性はツンツンの黒髪をし、鋭い眼差し。その眼差しに睨まれ、私は金縛りにあったように動けない。
男性の眉がピクリと上がる。男性が私の手首を掴んだ。私は男性の腕の中に崩れ落ちた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます