21

「椿さん、いよいよ独り立ちですね」


「やだ木葉君、いつもと変わらないよ。それに店長もいるし」


 私は店長と共に車に乗り込み、スタンド真凛に向かった。


「華ちゃん、やっと二人きりになれた。あの日から華ちゃんがよそよそしくて、心配していたんだ」


「……店長」


「僕は華ちゃんとのこと、一夜の過ちだと思っていないから」


「……店長。私達、本当にこれでいいのでしょうか」


 店長はハンドルを握ったまま、少し首を傾げる。


「奥様に申し訳なくて……」


「華ちゃん」


 店長が左手を伸ばし、私の手を握った。


「あれから僕もよく考えたんだ。妻とは離婚するつもりだから。今夜九時半、同じホテルで……待ってる」


 新宿……。

 セントセシリアホテル。


 私は店長の誘いに、即答出来なかった。


 一度だけの関係なら、一夜の過ちですむかもしれない、だけど二度三度続くと、それは過ちではすまされない。それくらい、私にもわかっている。


 ―スタンド真凛―


「あら、店長さん。珍しいですね。早苗さん体調悪いの?」


 藤色の着物、色っぽい襟足。私とあまり年齢の変わらない若いママは、この店のオーナーの愛人だという噂だ。


「今日から椿がアレンジの担当をさせていただきます。宜しくお願いします」


「あら、担当変わったの? 早苗さん最近雑誌やテレビでも頻繁に取り上げられているから、お忙しいのね。彼女は確かアシスタントの……」


「椿華です。宜しくお願いします」


 この店は半年通っている。

 でも私はアシスタントで、名前すら覚えられていなかった。


 ちょっとショックだな。


「彼女は小林も認める有能なアーティストです」


「そう。ではお願いしますね」


「はい」


 私は花器に大輪のダリアをアレンジする。高低差をつけながら、花の横顔やスマイラックスやハートカズラでアレンジに動きをつける。


 真凛のママは私の様子を時折見つめながら、開店準備をしている。


「大輪のダリアだなんて、大胆ね。テーブルやカウンターのお花もお願い出来る?」


 私のアレンジが認められた?


 小さめの花器。

 用意したのは大輪の花ばかり……。

 全て大輪の花だと、バランスが取れない。


「アマリリスを使ってはどうかな。車にレースフラワーやライラックを積んであるから。すぐ持ってくるよ」


 レースフラワーやライラックをいつの間に?


 私の選んだ花を、然り気無くチェックしていたんだ。流石、店長だな。


「主役になる花ばかりでは、印象が強すぎて花の魅力が生きない。脇役の花があるからこそ、主役が生きるんだよ」


「はい」


 メインの花ばかり考えていた。私は今まで早苗さんの何を見て学んできたんだろう。


「店長、ありがとうございます」


「時間がないから、華ちゃんはアレンジを続けて」


「はい」


 ひとつの作業に時間が掛かり、予定外の注文が入ると、回らなくなる。いつもの悪いくせだ。

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