【3】狡い恋

18

「華ちゃん、社長と凛子ちゃんのことは、仕事に持ち込まないこと」


 早苗さんの忠告通り、私達はプライベートなことには触れないこととし、翌日バイトに来た凛子ちゃんにも普通に接した。


 銀座店に勤務する者は、みんな何かしら秘密を抱えている。


 何もないのは、木葉君だけだな。木葉君は天性のものなのか、花との相性はよくセンスもいい。


 店頭での簡単なラッピングはマスターし、僅か一週間で花の名前も大体わかるようになった。


 ―日曜日―


「椿さん、この薔薇は?」


「これは、ザ・フェアリー。横張り性で四季咲き。これはボウベルズ。同じ四季咲きだけどこちらは半つる性なの。木葉君は勉強家だね」


「お客様には正社員もアルバイトも関係ないでしょう。聞かれて『知りません』では、お店の心証を害します」


「木葉君が店頭にいるだけで、心証アップだよ」


「ありがとうございます。それは凛子ちゃんだよね。凛子ちゃんの出勤日は、男性客がドッと増えるから」


「自分で気付いてないの? 木葉君の出勤日は女性客がドッと増えるんだよ」


「本当かな。いらっしゃいませ」


 早速、店頭には銀座の御姉様の来店だ。


「薔薇で花束お願い出来ますか?」


「椿さん、花束……」


 女性客は木葉君の手を取る。


「あなたに作って欲しいの。お願いします」


「はい、畏まりました」


 木葉君は爽やかな笑みを浮かべ、女性と花を選んでいる。


「なかなかやるね。銀座のママのハートをゲットとは」


 早苗さんが私の耳元で囁く。私も早苗さんの耳元で囁く。


「確かに」


 店頭がざわつき、視線を向けるとそこには社長と秘書が立っていた。


「社長、おはようございます。今日は何か?」


 店長が社長に歩み寄った。


 社長の愛人恋人凛子。頭の中に魔の三角関係が浮かび、私は慌てて凛子ちゃんに用事を言いつけた。


「凛子ちゃん、配達手伝ってくれる? 美容室の観葉植物や胡蝶蘭。明日新装開店なの」


「はい」


 凛子ちゃんと店を出ようとしたら、秘書に呼び止められた。


「お待ち下さい。突然ではありますが、人事異動に関して社長よりお話があります」


 人事異動!?

 まさか早苗さん?


 フラワーアレンジスクールの開校は、まだ本格的始動はしていない。


 だとしたら、私しか該当する者はいない。


 思わず社長を睨んだ。ホテルで社長の密会を見たからに違いない。


「遅くなりました。すみません」


 社長の背後で、可愛い女性の声がした。


 凛子ちゃんの足が止まり、その女性を見つめた。


「紹介しよう。今年入社した杉山さんだ。本日付で彼女には銀座店勤務を命じた。彼女はフラワーアレンジの資格を持っている。若いが即戦略になるだろう」

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