16
早苗さんは会場を飾るメインのアレンジに取り掛かる。私は用意された三十個の花器を前に、焦りを隠せない。
オアシスも剣山も使わず、ナチュラルに仕上げる。
「華ちゃん、じか留めにしなさい」
「はい」
じか留めは、茎の切り口を器の内側の側面や角に当てて固定する。
「早苗さん、チューリップや薔薇を使っていいですか?」
「いいよ」
チューリップや薔薇は茎がまっすぐ伸び、斜めにカットすると茎の断面が大きくなり安定する。
花材を用意し、茎元を斜めにカットしていく。外側にグリーン。ボリュームのある花材を中央に挿し茎を側面に当て、横の広がりを作るために、スカビオサやブルーレースフラワーをアレンジした。
全部同じではつまらない。
花材の組み合わせで、イメージを変えながら一つずつ仕上げていく。
開場時間は刻々と迫る。
あと三十分しかないのに、まだ半数しか仕上げてはいない。
焦りを感じていると、花器にスッと手が伸びた。
「店長……」
「早苗さんから電話もらってね。花材の補充に来た。僕もフラワーアレンジの資格はあるんだよ。華ちゃん、僕も手伝うから。大丈夫まだ間に合う」
「はい」
店長はチョコレートコスモスや、スイトピーの花材を使い、アレンジしていく。
店長の優しさに、気持ちがほっこりと温かくなる。
開場時間数分前、全ての花器がテーブルにセッティングされ、素早く片付け会場を出る。
「華ちゃん、お疲れ様」
「店長ありがとうございました。店長がいなかったら……私」
「急な要望にも僕達は対応しなければいけない。そのためにも、スピードは必要だけど、雑になってもいけない。いかに美しくアレンジするかだ」
「はい」
ホテルの支配人が私達に近付く。
「大変お世話になりました。主催者側からの突然の要望に、一度はお断りしたのですが、先生のお陰で助かりました。一階のラウンジで珈琲を用意しております。このサービス券をラウンジの受付にて提示下さい」
「いつもありがとうございます」
「華ちゃん、先生だってよ」
早苗さんが笑顔で私をからかう。
「私が……先生?」
「店長、華ちゃんイケるんじゃない? 何事も経験を積むことが一番だわ。一人立ちさせましょう」
「そうだね。暫くは僕がフォローするよ」
「ええーー……。私に出来るかな。早苗さん、大丈夫でしょうか」
「ビビらない。それより留守番がアルバイトの木葉君だけで大丈夫ですか?」
「わ、大変だ。僕は店に戻るから。二人はゆっくり珈琲飲んで。じゃあお先に」
「お疲れ様でした」
二人でラウンジに入り、珈琲のサービス券を提示する。
「早苗さんありがとうございました。花材補充しなくても沢山ありましたよね。時間内に間に合わないことわかってたんでしょう。店長を呼んで下さりありがとうございました」
「仕事は連帯責任よ。私がフォローすれば良かったけど。メインのアレンジで手一杯だったからね。店長もあまり使えないけど、猫の手よりはマシだと思ったから」
早苗さんはククッと笑った。
猫耳をつけた店長が脳裏に浮かんだが、全然似合わない。
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