13

「やっぱりそうですよね。俺はまだ大学生だけど、男として見て下さい」


「やだな、木葉君は男だよ。超イケメンだし。じゃあ、お先に」


 なんか調子狂う。

 鼓動がトクンと跳ねるなんて、中学生以来だよ。


 店長と過ごした一夜とは違う昂揚感。


 私にもまだこんな初々しい感情が残っていたなんて、自分が一番驚いている。


 ◇


 店に行くとすでに店長は来ていた。昨日と違うネクタイ。店長も一度家に帰ったのかな。


 奥さんと子供に、どんな顔をして逢ったのだろう。私はこんなに後ろめたくて罪悪感に苛まれているのに。


 単なる憧れが現実となり。冷静を装うが社長秘書みたいに上手く立ち回れない。


「おはよう、華ちゃん」


 店長は普通に接してくる。

 どうしてそんなに普通でいられるの?


「おはようございます」


「華ちゃんおはよう。昨日ベロベロだったよ。二日酔い大丈夫? ちゃんと家に帰ったの?」


 早苗さんの言葉にドキッとして、思わず目が泳ぐ。


 それって……。

 私と店長のこと疑ってるのかな。


「公園や駅のホームで、寝ちゃったりして。華ちゃん、大人なんだからダメだよ」


「……っ」


 なんだ……そっちか。


「やだな、駅のホームで寝てませんよ」


「そうだよ。華ちゃんは無事に送り届けました」


「店長が? だったら大丈夫ね。店長なら送り狼にはならないから」


「それは褒め言葉かな? それとも男として認識されてないのかな?」


「一応、褒め言葉。けど、男として認識もしてない。店長は愛妻家だもの」


 店長は愛妻家……。

 私もずっとそう思っていた。


 だから……。

 結婚するなら、店長みたいな人がいいと憧れていたんだ。


 家庭的で愛妻家。

 妻も子供も大切にする、優しい旦那様。


 私はやっぱり最低だよ。


 家庭があることを知りながら店長と……。


「華ちゃん、やっぱりまだ酒が抜けてないの? ボーッとしないで、ほら仕事、仕事」


「はい、すみません」


 今日はフラワーアレンジ教室のある日だ。


 入荷した花をAクラス《初心者》用に準備する。


「Aクラスはカトレアとアガパンサス、アスチルベとクラスペディア。グリーンはアジアンタムとハラン用意して」


「はい」


「今日はコンポートにするから、オアシスの準備宜しく」


「はい」


 コンポートに合わせて、オアシスをカットし、水を張ったトレイに浮かべる。あとはゆっくりと吸水し沈むのを待つ。


 店内にある教室は狭く、十人入れば満席だ。一時間半のコースを一日三回。週三日オープン。生徒は月二回、好きな曜日を選べるが、完全予約制だ。


 教室のない日は、アレンジの予約で埋まっている。結婚式場やホテルとも契約しているため、早苗さんは休む暇なく、一日中花と向き合っている。


 社長は銀座店の手狭な教室から、新宿本社ビルで本格的なスクールの開校を目論んでいるようだが、正直そうなるとホテルや結婚式場、バーやクラブの仕事を早苗さんが担当するのは難しい。


 フラワーショップ華には優秀な社員も多く、第二、第三の早苗さんが控えている。

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