12

 木葉君は私と同じモーニングセットをオーダーする。トーストと野菜サラダ、ゆで卵と珈琲だ。


「木葉君は一人暮らしなの?」


「はい。両親は北海道です。仕送りだけでは足りなくて、アルバイトを」


「そうなんだ。目黒だと家賃高いでしょう」


「家賃は親が出してくれてるから」


「そっか。恵まれてるね」


「椿さんも一人暮らしですか?」


 私は首を横に振る。

 思わず笑みが溢れた。


 大人の私が今でも親に養ってもらっているなんて、木葉君が知ったら呆れるよね。


「親と同居なの。しかも兄夫婦も一緒。私、小姑なんだよ。笑っちゃうよね」


「家族と一緒だなんて、羨ましいな」


 木葉君はサラダを食べながら、サラリと言ってのけた。


 今朝逢った憎らしい社長とは、比べものにならないくらい、爽やかな笑顔だ。


 吸い込まれそうなブルーの瞳、心まで浄化されちゃうな。


「木葉君のご両親は素敵な方なんでしょうね」


「普通ですよ。父は頑固で母は能天気。でも能天気でなければ、あの父と国際結婚に踏み切れないですよね」


「きっと熱烈な大恋愛したんだよ」


「そうかな。想像つかないけど」


 クスリと笑うだけで、女子ならコロッといきそう。まるでハイパワーな殺虫剤を噴射されたゴキブリみたいに、秒殺だよ。


 自分をゴキブリに喩える時点で、私はすでに終わってるな。


「クスッ、大学の女子より可愛い」


「は?」


 私の聞き間違えかな?

 今、『可愛い』って言ったの?


 主語を聞きそびれた。

 凛子ちゃんのことだよね。


「凛子ちゃんは可愛いよね。アイドルみたいだし、木葉君とお似合いだよ」


「俺は椿さんが可愛いって言ったんです。年齢より若く見えるし、同級生みたいで話しやすい」


「からかわないで。褒めてもモーニング奢らないよ」


「違いますよ。俺、前から駅で椿さんのこと時々見掛けてましたから」


「私を?」


「はい。『フラワーショップ華』の求人、社員さんの顔写真掲載してあって。それ見てすぐに椿さんだって気付きました」


「やだ。求人に顔写真掲載してあるの!? そんなの聞いてないよ。写真うつり最悪だったでしょう」


「いえ、小林さんも椿さんもカッコいいです。アレンジしている姿は本当に素敵です」


 ここまで褒められると、年上の社会人としては奢るべきだよね。


「木葉君、反則だよ。褒めすぎ。わかった、わかった、今日だけ奢って上げるわ」


 木葉君のレシートに思わず手を伸ばす。


「俺がフラワーショップ華に応募したのは、椿さんがいたからです。俺、頑張ります」


「はいはい。期待してます」


「本当に?」


 木葉君が嬉しそうに笑った。


「仕事でしょう? 期待してるよ。すぐに辞めないでね」

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