「早苗さんカッコいい」


 木葉君が思わず声を上げた。


「早苗さん、店長、ありがとうございました」


「華ちゃんのために言ったわけではないわ。天狗の鼻をへし折りたかっただけ」


 実力のある人は凄いな。

 退職して困るのは、早苗さん本人ではなく会社側だとわかっている。


 さっきのセリフは、早苗さんにしか言えない。


「店長すみませんね。私はクビになっても平気だけど、店長の立場を悪くしたかも」


 早苗さんはワインボトルを追加オーダーする。


「僕のことはいいよ。華ちゃんのことを悪くいうから、カチンときたんだ。僕も前社長は好きだったが、新社長は苦手でね。さぁ、仕切り直し。木葉君の歓迎会だよ。せっかくのフランス料理だ。残さず食べよう」


「はい」


 社長を追い出し、私達はワインのボトルを空ける。支払いは社長だ。もしも社長の怒りに触れて解雇されるなら、飲まないとやってられない。


 ◇


「んんっ……」


 重い瞼を開けると、そこは見慣れない風景だった。


 視界には男性の後ろ姿……。

 鏡の前でネクタイを結んでいる。


 ぼんやりとしていた視界が、霧が晴れたように鮮明になる。


 ここは……!?


 私はベッドの中で一糸纏わぬ姿だ。


 男性がゆっくりと振り向いた。


「華ちゃん、おはよう」


 男性の左手の薬指には、マリッジリング。


「……て、店長。私……?」


「ごめん。同じ職場でありながら。こんな関係に……。でも君の気持ちは嬉しかった。僕も以前から同じ気持ちだったから……。昨日社長とあんなことがあり、僕達どうかしていたんだ」


 店長と私が……?

 僕達どうかしてた?


 私……店長に何を言ったの?

 同じ気持ちだったって……?


「華ちゃん、昨夜のこと覚えてないの?」


「あの……ここは?」


 そうだよ。

 ここは何処なの?


 店長がベッドに腰を降ろす。マットがゆっくりと沈んだ。


「ここは昨日のホテルだよ。昨日、華ちゃんはディオラマでドンペリを飲み、さらにワインを浴びるように飲んだんだよ。『社長に全部払わせてやる』って言いながらね」


 私が、そんな醜態を曝した!?


「凛子ちゃんは未成年だし、木葉君も大学生だし、あまり遅くまで付き合わせるわけにはいかなくて、凛子ちゃんは木葉君にタクシーで送らせた」


 脳内に記憶の断片がぼんやりと浮かぶ。


「早苗さんはまだ飲み足りないと、一人で行き付けのバーに行ったんだ。僕は華ちゃんを自宅までタクシーで送る予定だったけど……」


 そうだ……。

 思い出した。


 飲み過ぎて酔い潰れた私……。

 自分から店長に抱き着いた。


 社長にあんなことを言われて、優しくしてくれた店長に……。


 ――『店長のことが……好きです』


「わ、わ、わたし……」


 ――『一度でいいから、抱いて下さい』


 なんて、ことを……。


 社長に楯突いた私。

 当然解雇に決まってる。


 無能で使えない社員。解雇されるなら、最後に店長に秘めていた想いを伝えたかった。


「酔っていたから……私。ごめんなさい」

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