「アルバイトの歓迎会なのに、ディオラマですか? 随分奮発したんですね。すぐに辞めちゃうかもですよ」


「それがさ、社長のセッティングなんだ」


「社長が? アルバイトの歓迎会にわざわざ?」


「銀座店の売上、二人のお陰でトップなんだよ。それにフラワーアレンジ教室も大好評だし。だから社長が特別にセッティングしてくれたんだ」


 それは早苗さんがいるからだ。私の力ではない。


「社長か。面倒臭いけど、社長の奢りならいいや。華ちゃん、ほらスピードアップしなさい。アレンジは技術力と感性も必要だけど、スピードもいるのよ。モタモタしていたら、花が萎れちゃうよ」


「はい」


 早苗さんみたいに、口と手を同時に動かすのは苦手。口を動かすと、手が止まってしまう。


 人の上に立つタイプではないから、私はいつまで経ってもアシスタント止まり。


「華ちゃんプロポーション悪いな。ちょっと貸して」


 早苗さんはツルバキア・フラグランスとピンクの薔薇を直し、スイトピーを加え花材を半球形に纏めていく。


 早苗さんの手に掛かると、花も生き生きとした表情を見せる。


 あっというまに完成し、仕上げのリボンを結び丁寧に箱に納める。


「店長、納品お願いします」


「はい。お疲れ様。行って来ます」


 店長はブーケの箱を袋に入れ、店を出た。


「さてと、片付けますか」


「早苗さんは独立しないんですか?」


「前社長に恩があるからね。私をここまでにしてくれたのは、前社長だから。前社長が健在な内は、ここで働くと決めてるの」


「そうなんですか」


 前社長と早苗さんは、以前交際していたという噂があった。年齢差はなんと三十歳。親子ほどの年の差に、息子である新社長が結婚に猛反対し、別れたと噂で聞いたことがある。


 その前社長も昨年再婚され、その噂話もいつの間にか消えた。


 今となっては、前社長と早苗さんが交際していたかどうかは、定かではない。


 銀座店は十時開店から二十一時閉店。フレックスタイム(時差出勤)をしているが、残業になることも多い。営業時間は支店により異なる。


 二十一時まで営業しているため、五人でシフトを組むのは大変で、増員を希望しているが、なかなか正社員は入らない。


 店を閉め四人で新宿ディオラマに向かう。


 ディオラマは高級フランス料理店。ホテルの最上階にあり、庶民はなかなか入ることは出来ない。


 私は勿論のこと、木葉君も緊張している。


「やばい、テーブルマナーわかんないよ。社長って怖いですか?」


「アルバイトの歓迎会に社長が直々におみえになるなんて、考えらんないよ。木葉君、当分辞めれないからね。覚悟しなさい」


「はい」


 緊張している木葉君の横で、凛子ちゃんがクスリと笑う。


「凛子ちゃん余裕だね。もしかしてセレブな家庭なの?」


「そうではありませんが、以前こちらで家族と食事したことがあるので」


 ディオラマで家族と食事?

 それって、超セレブじゃん。


 凛子ちゃんの歓迎会は、ファミレスだった。勿論、私の歓迎会も。家族との食事だって、ファミレスだよ。

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