「華ちゃん、明日フラワーアレンジのAクラスに新規会員さん入るから、コンポート《あしつき花器》やワイヤー用意しといて。それと、Bクラスで使用するプリザーブドフラワーは入荷してる?」


「はい。コンポートもワイヤーも準備してあります。プリザーブドフラワーも入荷済みです」


 Aクラスは初級、Bクラスは中級、Cクラスは資格を目指す上級者クラス。


 店頭は店長とアルバイトに任せ、私と早苗さんは結婚式場から注文を受けたブーケの花材を揃える。


「何が楽しくて、独身女二人が他人のブーケを作ってんだか」


「早苗さん、ご結婚は?」


 ……いけない。

 つい、口走った。


「結婚? する理由がわからない。一人の男と紙切れ一枚で専属契約を結ぶのよ。そんなの真っ平ご免だわ」


 なるほど、早苗さんには結婚しない理由があるわけだ。


「華ちゃんこそ、適齢期真っ只中でしょう。木葉君なんてどうよ。年下だけど、魅力的だし。一度寝ても損はないかもね」


「早苗さん、木葉君がタイプなんですか?」


「私は一回り以上も違うから、手を出すと犯罪でしょう」


 早苗さんは真顔だから、こっちも笑えない。早苗さんが犯罪なら私だって犯罪だ。木葉君は八歳も年下なんだから。


「華ちゃん、ブーケホルダー貸して」


「はい」


 私はブーケホルダーを早苗さんに渡す。早苗さんは話をしながらも手の動きは止まることなく、意図も簡単にブーケを仕上げていくが、実際はかなり高度な技術を要する。


「早苗さん、アウトラインこれくらいでいいですか?」


「いいんじゃない。男性用も作ってね。店長が納品に行くから」


「はい」


 早苗さんがほぼ完成しているというのに、私はまだ半分も完成していない。


 白い薔薇にワイヤープランツ、ランキュラスやライラック、レースフラワーやホワイトスターを使いブーケを仕上げ、早苗さんは丁寧に箱に入れた。


「未経験でもないのに、これを持ってバージンロード歩くんだろうね。でも幸せになって欲しい」


「ですよね」


「今時未経験でお嫁入りする女子がいるのかな? あの可愛い凛子ちゃんですら、体験してるんだからね」


「マジですか?」


「ホテルのロビーでアレンジしていた時に見たの。スーツ姿の男性と腕を組んでいたところ。後ろ姿だったけど、アレは普通の関係じゃないね」


「本当に凛子ちゃんだったんですか?」


「彼女、バイト休みだったし。間違いないよ。今時の女子大生だよ、あの美貌、男がほっとかないよ。パパ活じゃないとは思うけど」


 ドアが開き、店長が顔を覗かせる。


「マジェンタブライダルのブーケ出来た?」


「華ちゃんが完成したらオーケーです。華ちゃんはセンスあるけど、スピードないからさ。店長、もうちょっと待ってよ」


「わかりました。僕は納品に行くから、時間になったら店仕舞いして、新宿ディオラマに先に行ってて下さい」

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