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銀座のクラブやバーは華やかさ重視。どちらかといえば薔薇や蘭の花の注文が多い。
―クラブ銀河―
特別なイベント以外は、フラワーアレンジは基本こちらに任せてくれる。
今日は薔薇やデルフィニウム、数種類の花材、グリーンの入ったバケツを持ち店内に入った。
「先生、お世話になります。まぁ綺麗な薔薇ね」
「ジュリアが入荷したので、今日はこちらにしました。杏銅色の花に丸弁平咲き。ちょっとクラシカルで素敵でしょう」
「本当に素敵ね」
早苗さんは手際よく薔薇の棘を取り活けていく。デンファレやブルーレースフラワーも組み合わせ、店の雰囲気に合わせ可愛らしく仕上げた。
早苗さんのフラワーアレンジは三六十度展開。どこから見ても美しい。
「ママ、仕上がりました。ご確認下さい」
「いつもありがとう。お疲れ様」
私は早苗さんが切り落とした枝や棘を即座に片付け、周辺を掃除する。
クラブ銀河を出て、銀座に連なる店を次々と回った。
最後に立ち寄った店。
―紫蝶―
小さなバーだ。
「早苗さん、実は店の女の子が結婚するのよ。急で悪いんだけど、七〜八千円くらいで花束お願い出来るかな。その子ピンクが好きなんだよね」
「いいですよ。華ちゃん、ピンクの薔薇で花束作ってくれる。カトレアやネリネも合わせて」
「はい。わかりました」
こんな注文は日常茶飯事。早苗さんが店内のフラワーアレンジをしている間に、私は依頼された花束を作る。
ピンクの薔薇やカトレアやネリネ、霞みそうやドラセナで花束を作り、ピンクとレッド二色のペーパーでラッピングしてリボンで仕上げた。
「華ちゃんもそろそろじゃない? 結婚しないの?」
「私は相手がいませんから。募集中です」
私よりもまず早苗さんでしょう。ママも早苗さんには『結婚』の二文字は禁句だとわかってるから、振りもしない。行く先々で問われるのは私だ。
早苗さんは『結婚』はしないのかな。近年は晩婚も多い、まだ結婚を諦める年齢ではないが、そこはグレーゾーンだ。
外回りを終えて店に戻る。
店内は出勤前の御姉様方で賑わっている。新入りの木葉君に群がっているのだ。
女は花で男は甘い蜜を吸う蜜蜂だと思っていたが、どうやら、時に男も花となり、女は甘い蜜を吸う蝶になるのだと、改めて実感する。
「ただいま帰りました。店長、今夜は大盛況ですね」
「だよね、木葉君と凛子ちゃんがいれば、この店も安泰だな」
「それ、どういう意味ですか? 私と華ちゃんは用無しだと?」
「とんでもない。フラワーアレンジの巨匠である早苗さんと、ベテランの華ちゃんあってこその銀座店ですよ」
店長は早苗さんの機嫌を損ねないように、早苗さんを一生懸命ヨイショしている。
温厚で優しい性格の店長。
結婚していなければ、私の理想の男性像に最も近い存在だ。
不倫はモラルに反している。だから秘かに淡い恋心を抱いているが、それは何かを期待しているわけでもなく、単なる憧れに過ぎない。
店長の言葉や笑顔にドキドキするくらいなら、神様も許してくれるかもしれない。
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