第3話「私はあなたを知らないの。」

「あなたは、誰?」


 私が投げかけた言葉に、彼は目を見開く。私なにかおかしいこと言ったかな?

 彼は少し考えた末、やはり分からなかったらしくベッドに座り込む。


「信じられないかもしれないけどね、莉菜は記憶喪失になってしまったの。」


 それを聞いた彼は、悲しさと恐怖が入り混じったような顔をしていた。それは私も聞いていない。私にとってはとても信じられるようなことではなかった。


「じゃあこれからいっぱい話せば..」

「本当に申し訳ないけど、莉菜の記憶は一日で消えてしまうの。要するに、今日行ったことは明日には忘れているわ。」


 彼はついにうっむき、黙り込んだ。

 話したこともない人を知らないのは当然なのに、なぜそんなに人生に失望したような顔をするのだろうか。

 数十秒間の沈黙が広がる。気まずい空間が私達を包んでいる。

 彼は少しずつ顔を上げ、さっきまでの絶望した表情はなかったかのように、何かを決断した

 ような顔で私を見る。


「僕の名前は終優。信じられないかもしれないけど、僕は君の彼氏。君を一番愛していた人。何かあったら何でも言ってね。もしよかったら一緒に昼ご飯食べない?こんな時間だけど僕もまだ食べてないんだ。」


 低めだけど明るい声で放った言葉に私は少し驚く。でもなぜだろうか、本当になぜだかわからないけど、なんとなく彼の言っていることは信じられる気がした。


「なんで君はそこまで....」

「言ったでしょ?僕は君を一番愛してるって。」


 気がつくと、私の頬には涙が伝っている。何も知らないのに、何も知らないはずなのに、自分の中にあるこの温かい気持ちはなんだろう。


「…一緒にご飯食べよ。君のこと、もっと知りたい。」


 ふと窓を見ると、そこにはとても綺麗な、満開の桜が輝いていた。

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