いざ、藝祭—14

 そして9月6日。いよいよ迎えた、藝祭初日。

 

 今年のテーマは「激!」である。激しく、激しく、とにかく激しく。芸術に対する、溢れんばかりの激しい情熱を燃やす3日間なのである。

 そのテーマに相応しい、このISSAのパフォーマンスを見せるときが……いや、魅せるときが! ついに! やってきたのだッ!


「ほらぁー浅尾きゅーん。ちゃんと法被を着てー」


 朝は機能停止しがちな浅尾っちに、ヨネが甲斐甲斐しく法被を着せとる。オカンやな。

 しかし浅尾っちは、いつ見ても髪型と服装がバッチリ決まっとるよなぁ。あんな状態で、どうやって準備してんねやろ。これも藝大七不思議のひとつやで。


「いよいよだね、一佐」


 ヒデは少しばかり緊張した面持ちや。まぁ、おれらがパレードのトップバッターやしな。ワクワクドキドキすんのは当たり前や。


 ん? ナイーブなおれは、緊張せえへんのかって?

 確かにおれは、風にたなびく可憐な花のように繊細や。せやけどキンチョーさんとは、ええ友人関係を築いとるんやで。


 ヤーキーズ・ドットソンの法則っちゅーのがあってな。高すぎず低すぎず、適度な緊張状態のとき、人は最適なパフォーマンスを発揮できるんや。キンチョーさんはそのことをよう分かっとるさかい、ええ感じの距離感でおれと接してくれる。


 いまのおれはまさに、適度な緊張状態ッ! そう、つまり! 最適なパフォーマンスで、世の女子を魅了する準備が整っているのであーるッ!


「みなさんのおかげで、ようやくこの日を迎えることができました」


 パレードに備えるメンツを前に、祝原が感慨深げに言う。その横では、まるでオリンピックの決勝戦に挑む選手のような表情で、吉鶴が頷いとる。


「僕は、この御輿が一番かっこいいと思っています。誰ひとりとして妥協せず、持てる力をすべて出しきった御輿です。ですから堂々と担いで、堂々と上野の街を練り歩きましょうー!」


 祝原が右の拳を突き上げると、その場にいる全員から歓声が上がった。あ、ちゃうな。浅尾っちを除いて、やったわ。


 藝祭のはじまりを告げる御輿パレードは、サンバ隊が奏でる陽気なリズムに乗せておこなわれる。藝大をスタートして上野公園内をぐるりと回り、⽵の台広場まで練り歩いたあと、広場の噴水前でチームごとにパフォーマンスをするんや。


 担ぎ手の身長があまりにバラバラやとアカンから、祝原が事前に決めた並びで御輿を担ぐ。背の高い浅尾っちは、最後尾で担ぐというより支えるぐらいな感じや。で、おれはどこかというと……


「小林くーん! 落ちないように気をつけてねぇー!」

「任しときー! Fuuuuuuuu! 絶景かな!」


 下で心配そうに見上げる吉鶴に、おれは弾けるサイダーのような爽やか笑顔を向けた。

 そう。おれがいるのは、御輿のてっぺん! もっとも目立つ場所なのであるッ!

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