いざ、藝祭—12

「今江教授と岡田教授が、自腹で買ってくれましたよー」

 

 ゆる~く現れたマキちゃんが、どでかいクーラーボックスをドンと置いた。中には、麦茶やスポーツドリンクがぎっしり詰まっとる。

 そしてキヨちゃ……清原助手も、両手に持った袋をクーラーボックスの横に置く。


「こちらは、塩分タブレットと冷感スプレーです。水分補給だけですと血液中の塩分、ミネラル濃度が低くなり熱中症の症状が出現します。定期的な塩分補給もお願いいたします。そして体の表面温度を下げることによって涼しさを感じることができるので、スプレーもご活用ください」


 相変わらず淡々としたAI口調やな。いや、ほんまはAIやのうて愛なのかもしれへん。

 工芸、邦楽、ピアノの各教授からも陣中見舞いが届いとったし、おれらめっちゃ応援されとるやん。


「御輿は、藝祭の華ですからねぇー。外部のお客様に、藝大生の本気を見せてやってくださいねぇー」

「御輿が楽しみで、毎年お越しになる方も大勢いらっしゃいます。決して妥協せず、手を抜かず、しかし無理はせずに頑張ってください」


 あぁ、やはりマキちゃんと清原助手のLOVEを感じるで。金は教授の懐から出とるにしても、クソ暑い中こんだけ買い回ってくれたんやろ。

 キンキンに冷やされとるクーラーボックスが、地球の内核に届くくらい深い愛を物語っとるで。あかん。涙ちょちょチョレギ!

 ……って、それを言うなら「ちょちょぎれる」やろがーいッ!


「あぁ、本当に助かります。ありがとうございます。みんなで分けますね」


 祝原が、めっちゃ泣きそうな顔をしとる。その気持ち分かるで。大きくて深いLOVEは、涙腺を刺激するよな。

 

 っちゅーわけで教授や助手たちのLOVEも注入されたおれたちは、ゴリゴリと御輿を削り出し、細かい部分は手分けして自宅で作業。とにかく、間に合わせるために全員が必死のパッチやった。


 せやけど、やはりおれらは藝大生。スケジュールが押しまくっとるっちゅーのに、どうしてもこだわりを発揮してしまう。


「ここのデティール、もうちょっとなんとかしたいんだよね」


 あと3日で色塗り開始っちゅータイミングで、工芸の連中が、ヤマタノオロチの表情について指摘してきた。

 8つの顔それぞれに表情の違いがあるわけやが、どうも気に入らんところがあるらしい。


「あぁ~……でも、スケジュールがぁ……」

「具体的にぃーどうしたいのー?」


 困り顔の祝原に、ヨネが助け舟を出す。


「もう少し、目をこう……険しくしたくてさ」

「全部の顔のー?」

「そう。なんていうかな、もうひと声、迫力がほしい感じ」

「なるほどぉー。ねぇー浅尾きゅーん! ちょっと来てぇー!」

 

 ヨネが大声で呼びつけると、浅尾っちはすぐに手を止めた。やっぱりヨネには優しいな?


 そして祝原を交えて、工芸のこだわりを反映させるべく、工程の見直しをはじめた。浅尾っちが積極的に動いてくれとるおかげで、祝原はかなり助かっとるみたいやな。

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