いざ、藝祭―7

「浅尾っちの体調はどうや?」

「うーん……相変わらず、かな。顔色は悪いし、疲れているように見えるよ」

「そうか……」

 

 浅尾っちは、なんや大きなものを心に抱えとるんやろな。せやけど、それを人に……ましてや、おれらに言うことは、きっとない。


 分かるんや。浅尾っちの絵は、常に内へ内へと向かっとるさかい。外へ飛び出していくような感覚がないねん。世界中を歩き回り、その雄大な風景を描いとるのに、浅尾っちの絵には孤独と寂寞せきばくが垣間見えとる。

 どれだけ取り繕ったとしても、絵には必ず心が出るんや。浅尾っちの場合は、大胆で豪快な景色や構図と、その繊細な心のアンバランスさが、観る人を魅了しとる。


 それやのに浅尾っちは、絵に自分を投影できてへんと言う。それは、自分の「心からえがきたいもの」が分からへんってことなんやろう。おれらが考えとるより、浅尾っちの悩みは深いのかもしれへんな。


「誰にでも、他人に言われへん悩みはあるもんな。浅尾っちは特に、人一倍繊細そうやし」

「そうだね……俺たちにできるのは、いつも通り接することぐらいかも」


 ヒデが中指で眼鏡を押し上げた。


 友情っちゅーのも、なかなか難しいもんやで。それぞれ、最適かつ快適な距離感があるしな。なんでもかんでも自分の心の内をさらけ出せば、友情が育まれるっちゅーわけでもない。踏み込んでええ部分と、そうやない部分があんねん。

 

「ヨネやったら、ポジティブオーラ全開で簡単に言うんやろなぁ。悩みがあるならぁーいつでも聞くよぉー!」

「なにそれ。ヨネの真似?」


 もやしを咀嚼しながら、ヒデが肩を震わせる。

 

「せや。似とるやろ?」

「に、似てた……ヨネなら言いそうだし」


 ヨネは、人の懐に入り込むのが上手い。そして踏み込みすぎる一歩手前で、しっかり引いとる。あれは打算でやっとるんちゃう。天性のものや。


 バリバリに個性が強いくせに不快な印象を与えんっちゅーのは、ほんますごいことやで。そやし、おどろおどろしい絵を描いても、どことなく愛嬌を感じられるんや。

 おれもヒデも、おそらくは浅尾っちも、ヨネのそんなところに惹かれとる。人として、画家として。


「ヨネは、ほんま偉いよな。なんも悩みがないような顔をして、いっつも笑ろてるし」

「そうだね。一切悩みがないわけなんてないけど、ヨネはそんな素振り見せないもんね。それなのに、無理している感じもないし」

「そら、オトナなビジネスマンも惚れるよなぁ」


 ヨネは、例のバイト先の常連と付き合いはじめた。

 先月の初めころやったか。妙に浮かれた顔をしとったさかい、勘のいいおれはキュピーン! ときたんや。突っ込んだら、告白されたことを素直に白状した。


 ヨネの彼氏「りょーちん」は5歳上で、書店営業の仕事をしとるらしい。営業先の書店が入っとるビル内に、ヨネがバイトをしとるコーヒーショップがあるさかい、頻繁に顔を出しとったんやて。ええ出会いやなぁ……。

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