いざ、藝祭―6

 それから、法被隊の作業は順調すぎるほど順調に進んだ。


 型紙に合わせて身ごろや袖、襟などのパーツに分けて裁断した布を、シルクスクリーンで一色刷るごとに干して乾かし、また別の色を刷り重ねていく。


 刷っては乾かすという工程を何度も繰り返すのは手間やけど、模様が少しずつでき上がっていくんは、めちゃくちゃ楽しかった。

 おれらは芸術家やしな。だんだんと形になっていく過程に、喜びを感じるんや。


 せやけど50枚以上の法被を1枚1枚手作りすんのは、さすがに根気がいる。おれはバイトがある日でも、合間を縫って毎日顔を出した。


「小林くん、これ干しておいてー」

「押忍!」

「小林くん! ちょっとこっち持ってて!」

「押忍!」

「小林くーん! ごめんけど、その机に置いている水持ってきてー!」

「お酢! ちゃうわ、押忍!」


 なんやかんや言うて一切出てこんヤツもおるなか、ご覧のように、おれは爆モテやった。引く手あまたの引っ張りダコ。……って、誰がタコやねんッ!

 とにかく、おれは馬車馬のように働きまくったんや。


「毎日来てくれてありがとね、小林くん」

 

 吉鶴隊長が、満面の笑みでペットボトルの麦茶を差し出してきた。


 そういや、趣味のカラリパヤットっちゅーのは、インド南部のケララ地方発祥の古くから伝わる武術らしい。どこやねん、ケララ地方。てか、なんでインドの武術やねん。

 

「いやぁ、めっちゃ楽しいさかい、来たくて来とるだけやで」

「そう言ってくれると嬉しいな。他の専攻の人たちと関わる機会なんてそんなにないわけだし、楽しまないと損だもんね!」


 趣味は変わっとるが、吉鶴はいつも朗らかで人当たりがええヤツや。彼女にするなら、こんな子がええんやろな。


「夏休みなのに全然デートできてないけど、彼氏も応援してくれているから、私めちゃくちゃ気合入ってるんだよね」


 ……はい、彼氏。いや分かっとったけどなー!


 くそう、一体いつになったらおれのラブラブキャンパスライフが始まるんや? 毎日顔を出しとるのに、ロマンスの気配が一切ないんやけど。


 なんでや? イベントゆーたら入れ食い状態になるんちゃうの? ともに苦難を乗り越えた男女が、絆を深め合うんちゃうの? あちこちで恋の嵐が吹き荒れるんちゃうの?

 

「……そんな単純なものじゃないでしょ。ただでさえ藝大は、学生の年齢が幅広いんだから」


 その夜。一緒に夕飯を食っとるとき、恋の嵐が吹き荒れんことを話すと、ヒデは若干冷めた表情でそう言った。


「御輿隊にも、ロマンスはないんか?」

「みんな、御輿を作るので必死だから」

「浅尾っちのようなイケメンがおるのにか?」

「浅尾はあんなんだから、ちょっと周りから怖がられているよ。話しかけているのは、末延くんぐらいかなぁ」


 ちなみに今日は、ヨネ直伝の「もやしとツナの梅おかか和え」を作ってみた。夏バテ対策にピッタリなレシピやで。当然、使った梅干しは自家製。おれのばあちゃんが、愛情込めて作った年代モノや。

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