春風のイタズラ―12

 定食をピックアップしたリンは、自分のテーブルとおれらのテーブルをくっつけ始めた。そして可憐なレースワンピースの裾を翻して向かいへ座る。

 友人AとBも各々の昼食をテーブルに置いて席につくと、自然と自己紹介が始まった。なんや合コンみたいやな。3対3やし。いや女が少ないけどな!

 友人Aは伊藤優菜ゆな、友人Bは平沢悠人はるとっちゅー名前らしい。2人ともリンと同じ1浪、そしてピアノ専攻や。


「……で、俺の父親がエリサ・ラハティさんの誕生日パーティーに招かれたんだけど。小4の時だったかな。そこからエリサさんのピアノに惚れこんじゃって。それまでは嫌々ピアノ習ってたんだけど、エリサさんみたいになりたい!って思ってめちゃくちゃ練習したんだ。ついでに服装も真似するようになっちゃってさぁ!」


 リンは塩サバをひょいひょい口に放り込みながら喋り続けとる。顔に似合わん、ひっくーい声で。

 女装しとる時は極力高い声を出して女になりきっとるらしいが、もはやおれらの前では面倒になったんやな。めちゃくちゃ地やないかい。

 そのおかげかそのせいか、おれのハートは徐々に癒えてきた。目の前の摩訶不思議アドベンチャーにも慣れてきたさかい。

 それにリンも優菜も悠人も、ええヤツっぽいしな。音校の連中とはなかなか接点つくられへんと思てたけど、意外な形で輪が広がったわ。

 

「それでリンちゃんはーその時に浅尾きゅんと会ったのぉー?」


 ヨネは持参していた弁当を頬張っとる。ちなみにおれとヒデは、お手製おにぎり(ほうじ茶付き)や。高菜やら鮭やら昆布やら、いろいろな具材を取り揃えてあるで。

 

「うん。パーティ会場の隅っこにいて、ひとりで黙々とスケッチブックに絵を描いてたな。でも俺、てっきり浅尾君もピアニストになるんだと思ってたんだよね。エリサさんに言われて1曲だけ弾いてたんだけど、既に大人顔負けのスキルだったから」


 ピアノも上手いて……浅尾っちにはでけへんことはないんやろか。こんなスーパーマン、ほんまに存在するんやな。コミュ力はアレやけど。

 

「浅尾君も藝大に入学したって噂聞いてさ、すっごい懐かしく思ってたんだよね。また浅尾君のピアノ聴きたいなぁって」

「ヒデちゃん、浅尾きゅんに連絡してあげたらぁ?」

「え、今?」

「確か浅尾きゅん次は空きコマって言ってたしぃーここに呼んだらいいじゃーん」

「空きコマだからって、来るとは思えないんだけど……」


 おれもそう思うわヒデ。浅尾っちは、ひとりの時間を大事にするタイプやろうしな。入学から1ヶ月以上経ったというのに、おれもヨネもいまだに連絡先を知らん。授業や実習以外の時間、どこで何しとるのか謎や。

 あの誕生日パーリー以来、少しは距離が縮まったとは思うんやけど……相変わらず、おれらとの間には壁をつくっとる。

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