天才小林、上野の地へ舞い降りる―5

 パイプオルガンがスポットライトに照らされる。そこへ正装した小綺麗なオッサンが座り、音を奏ではじめた。何の曲かは分からんが、晴れやかで荘厳な感じやな。おれの門出に相応しい。

 どうやらこのオッサンは、音楽学部の教授らしい。クラシックはよう分からんが……とりあえず、さすが藝大や!めちゃめちゃ胸に響くやん!思わず立ち上がるところやったわ。ひとりスタンディングオベーションや。

 その後は学長も登壇して、ヴァイオリンとパイプオルガンの共演。これはおれでも知っとる曲やった。阿部マリアさんやろ。ちゃうがなッ!“アヴェ・マリア”やッ!

 ……で、演奏が終わると学長の式辞。式辞の内容はまったく覚えてへん。記憶にあるのは、とにかくパイプオルガンが綺麗やったこと、ヒデは背筋を伸ばして真面目に話を聞いていたこと、浅尾っちがパイプオルガンを見つめながら指をパタパタと動かしていたことだけ。

 ここからまた、新たな青春が幕を開ける。その高揚感で、おれは胸がいっぱいやった。

 1時間弱の入学式が終わりホールを出ると、おれたちを祝福するように桜吹雪が風に舞っていた。ほんま最高のロケーションやな。


「いやぁー!ええ入学式やったな!クラシックはよう知らんけど感動したで!」

「浅尾はクラシック詳しいよな。ピアノ弾けるし」

「そうなんか!なぁなぁ!最初にパイプオルガンで弾いてた曲、あれなんやの?」


 お、こっち向いてくれた。クラシックの話題も有効っちゅーことやな!脳内浅尾っちメモに記録ゥ!


「前奏曲変ホ長調BWV552-1」

「おーん?へんほちょうちょ……?」

「……バッハの曲」


 耳馴染みのない単語のオンパレードにポカンとしていると、浅尾っちはそう付け加えて背を向けた。


「浅尾、どこか行くの?」

「次は13時だろ?それまで自由時間」


 そう言って、浅尾っちは桜吹雪の向こう側へ消えて行った。うーん、孤高の天才っちゅー感じやな。まるで狼のような目しとるし、やっぱ一匹狼なんかな。


「なーんや、一緒に昼飯食って親睦深めたろおもたのに。冷たいやっちゃなぁ」

「いつもあんな感じだけど、結構優しいんだよ。基本的に無口だし、誤解されやすいけどね」

「ほーん?ヒデは浅尾っちが好きなんやなぁ!」

「うん。良い奴だし、絵に対する姿勢は見習うところがたくさんあるからね。好きっていうか、すごく尊敬してる」


 そう話すヒデの目は、めちゃくちゃキラキラしとった。

 ああ、ええな。これぞ青春や。同じ志を持った仲間と共に、切磋琢磨していく。時にぶつかり合い、時に夢を語り合い、時に涙を流し、時に恋に落ち……いやッ!キュンッ!

 そんなキャンパスライフが、いよいよ始まるんや。おれのドキは、ムネムネしっぱなしやった。

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