第14話 翁曰く。~いくうばっしょう~


「も、もんこれ?」


「アニキ、いつの間に人間やめてたんでヤンスか?」



 知らねーよ! なんか漠然とした感覚はあったが、何が出来るかまではわからなかった。あの技の完成が意味していたこととは一体? 



「奥義の完成に必要なものは、人を制し、地を裂き、天を破る、事にある。人を知り、大地に身を委ね、天に耳を傾ける、とも言い換える事も出来る。」



 天、地、人。三皇の精神。戦技一0八計を極めるために必要とされる精神だ。俺はこの前の戦いでこの境地に到達してしまった。奥義だけを極めただけだと思っていた。



「奥義が使えるようになったから出来るようになったのではない。次元の境目を認識でき、異次元に介入する。それがあの奥義完成の絶対条件じゃ。即ち“異界渡り”が出来るようになっておるからこそ、全てを斬ることが出来るのじゃ。」


「でじもん?」



 “異界渡り”? まるで聞いたことのない単語が飛び出てきた。そんな魔法のようなことが本当に出来るんだろうか?



「お主もこの空間の性質を薄々感じ取っておるんじゃないか? この空間は人間の記憶を元に作られておるようじゃぞ。」


「でじもん、あどべ?」



 人の記憶? そんなものから作れんの? だとしたら、ここは誰の記憶だというのか? こんな物騒なものが出てくるなんて、よっぽど嫌な記憶を持っているのだろう。



「お主の伴侶じゃ。あの娘の記憶を元に作られておる。おそらくは二重に人質を取る狙いがあるのじゃろう。この空間を破壊すれば、あの娘の精神は崩壊する。」



 俺がうっすらと感じた直感は当たっていたのか! 俺はこの空間を破壊する能力は持っているが、それが及ぼす影響が恐ろしい事態を引き起こすと、心がストップをかけた。下手をすれば、エルを傷付けてしまっていたかもしれないのだ。危なかった。



「それだけではないぞ。記憶を持つ本人に責め苦を与える目的もあるはずじゃ。負の記憶を増幅させて作ったのであろう。全く残酷なことをするモンじゃなぁ。妖術師っちゅうモンはえげつないことをしおるわ。」



 そうだよな。あのオバサンはなかなかエグいことをする。どんだけエルを邪険にしたら済むんだろうか? 何があの人をそうさせているのか?



「とはいえ、あのおなごはいじめがいがありそうじゃ! 儂ぁ、昔から高飛車な女を手込めにするのが趣味なんじゃ。年頃も申し分ないわい! あのおなごの仕置きは儂が担当してやろう。」


「もんげん、もんげにうす!?」


「何かオジイチャンがとんでもない性癖をさらけ出したでヤンスぅ!?」



 どういう趣味なんだよ、ジイさん……。まあいいや。殺したりはしないだろうから、多少は目をつむるか。そのかわり、エルとか、オバサンの実の娘が黙ってはいないだろうけど。何されても俺は助けないからな、ジイさん?



「ほれ、決まったところで早速実践じゃ。……天破奥義、異空跋渉いくうばっしょう!」



 黄ジイは目の前の何もないところに対して、手刀を振り下ろした。すると、なにか空間に切れ目が入った。



「もんげろん、もんぐえあっ!?」


「空気が斬れたでヤンス!? どういう仕組みでヤンス?」


「ほれ、お主もやってみい!」



 いや、やれとか言われても……。やり方がよくわからないんだけど? いきなり悟りを開けとか、空を飛べとか言われるようなもんである。超人絶技を見様見真似でやれとでも言うんですかねえ?



「ほれ!」


「も、ももや!」



 出来んて! そんなこと簡単に出来たら、魔法なんていらへんかったんや!



「もしゃーっ!?」



 もう適当に剣を振った。“いくうばっしょう”だったっけ? さっきのジジイみたいに。すると、スッと何かが斬れる感触がした。……で、出来た?



「ほれ見ぃ! できとるじゃないか。これが“異空跋渉いくうばっしょう”じゃ。憶えておくが良い。」


「な、なんか、あっしにも出来そうな気がしてきたでヤンス! ハイク・バショウっ!!」



 タニシはエイ、ヤー、トォー、とかいいながらフレイルを振り回している。いや、さすがにお前は出来んだろ……。それ以前にハイク・バショウって何? 人の名前かな?



「となりの空間に行くぞい。ほれ、犬っころ! お主も行くんじゃ!」


「犬っころ!?」



 ロクでもない呼び方だな。サヨちゃんといい、どうして年寄りはタニシをそんな扱いにするのだろうか? いや、ミヤコのワンちゃん呼びもたいがいか?



「異界渡り能力がないモンは先に行くんじゃ。儂ら能力者が通り過ぎたら閉じてしまうからの。」



 空間に出来た裂け目にジジイはタニシを押し込む。見るからに幅が足りてないので入るように見えない。でも、構わずにジジイは無理矢理押し込もうとしている。



「ら、らめぇ! 無理に押し込んだら、爆発するヤンスぅ! ム、ムギゥぅぅぅ!!!」



 何か、裂け目に吸い込まれるかのように、体が引き延ばされつつあった。タニシ・のびのびーの再来である。オフトンに出来そうなくらい伸びている。



「ムギゥゥゥゥゥン!!!」



 とうとう吸い込まれた。行ってらっしゃい。次は俺らの番だ。さあ、入ろう。



「もぎゃん!」



 吸い込まれるような感覚が全身を覆う。妙な感覚だ。そりゃそうか。おかしなコトしてるもんな。


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