第6話 はっきり言って、弱い

おごそかな雰囲気の中庭が見える。美しく立つ1本の木。自分と同じほどの大きさの木に、きらびやかな光が注いでいる。それを1枚1枚の葉が反射し、木全体が光っているかのように誤認させる。たった二つの赤い果実がなっている木は、その為だけにこの中庭があると思わせるほどの存在感だった。

王宮エルサレム。ペルペテュイテの最大の建造物にして、世界最高の宗教施設。アリスはその廊下を歩いていた。道も分からず彷徨さまよっていた。衛兵の1人でもいるだろうと思い、入る際にヤハウェの所への行き方を聞かなかった。それが大きなミスとなり、現在絶賛迷子である。


「そこの君、こんなところでどうしたのかな」


アリスの背後から何者かが声をかける。振り向くと長髪細身の人物が立っていた。魔力探知を切っている状態とはいえ、近づく気配すら感じることが出来かった事実に驚くアリス。


「あ、あぁ。私はアリスと言います。政王殿下にお呼びいただいたので、今謁見室を探しているところです。」


「そうだったのか。それなら、私が案内しよう」


衛兵にしてはやけに身軽なその人物に案内され王室へ向かうアリス。少し歩くと他の部屋とは一線を画す風貌の扉が見えてくる。


「あれが玉座の間。あそこに王はいるよ」


─鼓動が早くなる。呼吸も徐々に荒くなってくる。前も、今も、こんな状況に陥ったことがなかった。緊張に喉が渇く。

ギギギと音を立てながら開かれた扉。長いカーペットがその赤を覗かせる。玉座はまだ見えない。アリスは、ありがとうございます、と会釈をし中に入った。後ろで閉まる扉の音に少し体が跳ねる。目線は未だ45度。

慎重に歩みを進め、1歩歩く度に目線を上げていく。アサに聞いた所作を何度も頭の中で繰り返す。

部屋に入り、進み、玉座から5m程の位置でひざまづく。身分と名前を言い要件を言う。

何度も、何度も頭で繰り返す。

少しづつ玉座が見えてくる。そして、その全貌を目に写す頃にはちょうど玉座から5m程の位置に来ていた。しかし、アリスは立ちすくむ。

王が居るはずの玉座はからだったのだ。入口の衛兵には、王は玉座にてお待ちだ、と聞いていた。思わぬハプニングにただ呆然ぼうぜんとするアリス。その横を先程の身軽な衛兵が通り過ぎる。その者は玉座へ座り両肘りょうひじ肘掛ひじかけに置く。


「待っていたよ、ソロモンの子。私はペルペテュイテ政王、ヤハウェ・アールヴ。少しばかり君にお願いがあるんだ」


状況を察知したアリスはすぐさまひざをつき名乗りを上げる。


「私はアリス・フォレスト。一介の冒険者にございます」


だが、ここでアリスの脳に疑問が浮かぶ。王は自分をソロモンの子と呼んだ。だが、その名前はまだ誰にも名乗っていない。この世界でたったふたりしか知らないのだ。


「本名を名乗りたまえよ。ここには私と君しかいない。それに、私にはそちらの方が重要だ」


─ヤハウェは自分の真名まなを知っている。

何故なぜか分からない、がそれは事実だ。


「失礼致しました、私はアリス・ソロモン。森林の大精霊フォレストにこの名を頂戴した際、偽名を名乗るように言われましたゆえ真名まなを隠しました」


「彼か...まぁその方が良い。余計な軋轢を生むことも無いだろう。ただ確かめたかっただけなのだ。そう気に病まないでくれ」


未だその存在に王たる圧を感じないアリスは、ずっと違和感に苛まれていた。


─本来、政王たる者の力は膨大。特にヤハウェは、現在の魔族を含まない人類世界では間違いなく最強に限りなく近い。

しかし、目の前の王からはそれを感じない。魔力もかなり希薄で魔力探知を最大限集中して今やっと感じることが出来ている。はっきり言って、弱い。あまりに小さい。


「君は今この国が直面している問題を知っているね?」


「港町ガリラヤが魔族によって占拠。そこを拠点にこの国へ侵略を進めている、と聞きました」


港町ガリラヤ。カノクニへの唯一の渡航ルートであり重要な貿易拠点でもある。


「うむ、そこでお願いがあるんだ。君の助力を得たい」


アリスは驚愕した。


「...恐れながら、私は今日初めて故郷を出た身。世界も、戦いもろくに知りません。そんな私が一国の未来を左右する戦争で、戦えるとは思えません。私ごときに、一体何が出来ましょうか」


アリスには、狩りの経験こそあれど戦闘の経験は全くと言っていいほどなかった。


「君はウリエルと一戦混じえたと聞いている。彼女は戦いを愛していてね、絶対に手を抜かない。にもかかわらず君は無傷だ。」


ヤハウェは少し嬉しそうに話し続ける。


「私の目は真実を見抜く。君は私の天使達にも引けを取らないほど強い」


ほんの一瞬沈黙を挟んで決め手を打つ。


「君が、もし受けてくれるなら知りたいことをなんでも教えよう」


アリスの揺らぎは止まった。心が決したのだ。もしかしたら、ヤハウェは考えていることがわかるのかもしれない。そんな考えもよぎったが、今はそこじゃない。要点は、そこでは無い。


「...承知致しました。その願い聞き入れましょう。ただ、先に一つだけお伺いしたいことがあります」


その言葉にヤハウェは待っていましたとばかりにことを挟む。


「光のベト、水のマモン。私が知るのはこの2体だ。るかい?」


つくづく、敵わない。アリスは、そう思った。


十二分じゅうにぶんでございます」

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