第5話 天魔大戦について

「それではこれより定例会議を行う」


円形のテーブルに座る7人の翼を持つ者たち。ペルペテュイテの国営を担う七大天使だ。


「議題は天魔大戦についてだ」


天魔大戦。空気がひりつく。無理もない、今この国は魔族の侵攻に会い、その対応に追われていた。


「まずは前線の報告を」


そう言って手を挙げたのは断魔使ウリエルだ。


「はっきりいって芳しくない。ネフィリムは雑兵だ、大したことは無い。問題は...」


ウリエルははばかられるように溜めた。言いたくはないが絶対に外せない情報。


「【 朽ちた12の勇気ある羽たちエグリゴリ

と呼ばれる集団。シェムハザを筆頭とした元統治使団員もととうちしだんいんだと判明した」


「確定、したんだな。ついに」


ラファエルが呟いた。


「あぁ、アタシが出る前は姿を見せることなく、被害を出して颯爽さっそうと逃げ仰せたようだが、アタシが接敵した時そのローブを剥いだんだ。」


場は凍りついていた。


「それなら...もしかして、アラキバさんやアルマロスさんも...」


怯えたように問うのは宣教使せんきょうしラミエル。小さな体を震わせ、金の長い髪をぎゅっと掴み俯きながら必死に現実を受け止めようとしていた。


「...恐らくは。」


「じゃあ!じゃあ!もしかして...ボスはあいつ?」


空気に流されず、確信をつく伝令使ガブリエル。華奢な体に見合わぬ明朗快活。その圧に押されウリエルは言う。


執政使しっせいし、ルシファー。250年前、統治使団とうちしだんの部下を連れ国を出ていった堕天使。シェムハザは特にルシファーを信仰していたからな...やつを従えさせるのはルシファー以外には不可能だと、アタシは思う」


三度みたび凍りつく空気。それを割るようにミカエルは手を叩いた。全ての天使がミカエルを見る。


おおむね状況は理解した。ネフィリムの群れなら大したことないと思っていたが、奴らがいるか...」


少し考え結論を出した。はっきりと、余地もない回答。


「奇襲を仕掛ける」


それから各々へ命じた。


「護衛使団を派遣し、関門の位置で前線を停止させる。谷間になっているゆえ都合がいいしな。そして山越えを持って奇襲をかけ、精鋭を揃え頭脳を叩く。挟み撃ちと混乱を持って前線を押し上げる」


概要を伝え、深く息を吸う。


「そして、準備が出来次第わたくしが出る」


​───────現在


「───と、こんな具合だ」


アサは一連を話し終え再び椅子に着いた。戦争という言葉にアリスはおののいていた。しかし、それより何よりただ疑問だった。


「なんで、そんな話を俺に...?」


アサはニヤリと笑う。


「お呼びらしいよ。直々じきじきに」


言葉が、脳に届かない。反芻はんすうしては反芻はんすうしては吐き戻す。


直々じきじきに...?」


アリスの困惑は全てものに明確だ。たとえ空気中のちりでさえ目が着いているのなら分かる程に。


「ホッホッホ。全く、ワシらが混乱しておるよ。身分も分からぬ一介いっかいの魔法使いにどうして主がそこまでするのかと」


何故なぜ笑っていられる?何故なぜそう楽観できる?ほんの数時間前までこの国にさえいなかった自分に、どうしてそこまでの信用をおける?

アリスの脳内は疑問がただ駆け巡るだけで、一切の行動を行うことができなかった。それをみ取ったモーセがアリスに回答を与えた。


「僕たちは〜主を信じ、あおいでいるのですよ〜。心からね〜。だから〜主が言うのなら〜誰とも分からぬ人でも〜信じることが出来るのですよ〜」


絶対的な信仰。これ以上ない回答にアリスは何も言えなかった。


​───────少しして


「大丈夫かなぁアリスくん」


大まかな話を終えたアサ達は茶をたしなんでいた。


「もう10回は聞きましたぞそのセリフ。やけに気にかけますな」


「当たり前だろう。ただでさえ身分の分からぬ少年が冤罪で牢に入れられ、挙句あげく国王直々じきじきに呼び出し。まともな人間じゃ処理しきれずに倒れてしまうよ」


3人の中たった1人だけ不安がっているアサは、この状況では異質だった。出身の違う彼女は政王へのあつい信仰を持たない。彼女だけは分からないのだ。ヤハウェの人となりを知っていて不安なのだ。


「まぁ〜多分大丈夫でしょ〜。主には目がありますし〜」


「まぁなぁ」とため息混じりに言って、アップルティーを飲み干すアサ。ぐに2杯目をぎ、自作のアップルパイに手を伸ばす。


「しかし、もし、もし仮にだぞ?戦争への参加依頼なんて言われた日には...我々のバックアップもあるとは言え、一寸先は死の世界だ。」


その言葉に2人がうなる。と言うのも実例があるのだ。普通、ありえない話ではある。が、政王ヤハウェは過去に、試しだ、と言って幾度となく冒険者を危険地帯へ送り出したことがある。困っているから、とおよそ万能とは思えない言葉と、一国のあるじたる威圧をもって、断れない雰囲気を作り出すのだ。そんな王の横暴に、アサが頭を悩ませていると突如ドアが開く。


「心配なさるな、総帥殿。」


入ってきたのはきらびやかな高身長の女性、断魔使ウリエル。


「彼と実際戦ったアタシだから分かる。彼はそう簡単に死ぬタマじゃないよ」


キメ顔でウリエルは言った。


「して、当のアリス殿はどこへ?案内を任されているゆえ迎えに来たのだが...」


キョロキョロと周りを見渡すウリエルに、アサはキョトンとした表情で言った。


「彼はもうとっくに出ていったぞ。」


「えぇ゛!?」


思わず部屋中に響く程の大声を出してしまうウリエル。


「場所だけ案内したら『1人で行く』って出ていったよ。」


「えぇ゛ぇ゛ぇ゛ーーーー!!!?」


今度は建物中に響く程の声。あまりの大きさに3人は耳を塞いだ。

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