第1話 最初に目指す国

澄んだ空気、晴れた空。まるであの日のようだ。誕生日、青年は冒険に出た。肌はシルクのように美しく、肩まで伸びた空のような青髪を束ね、純白のローブをたなびかせる。アリスは未来を歩んでいた。

フォレストの話によると、この世界には大国と呼ばれる国が6つある。


永劫国えいごうこく ペルペテュイテ

かみまうくに カノクニ

医療大国いりょうたいこく ヘルツ

未来帝国みらいていこく テクノロギア

軍事国家ぐんじこっか チュントゥイ

リベルタ公国こうこく


その中からアリスが最初に目指す国は、永劫国ペルペテュイテ。アリスたちが暮らしていた精霊の森から最も近い大国である。


『足があればよかったな...どこかで拾えないかな...』


そんなことを考えているうちに森を抜けた。


『見えた...!』


まだまだ遠いがそれでもしっかりとアリスの目は捉える。ペルペテュイテの城壁。期待と不安に胸が踊った。

束の間、高速で飛来する何か。人の形をしているが、1点翼が生えていることを見逃さなかった。それは、ファンタジーの世界でしか聞くことの無い、まさしく天使の姿だ。


『魔力が集中している...先に仕掛けるか...?』


攻撃と防御。選択は高速で迫っている。


『時間は無い...様子見が無難か』


アリスは防御を選択した。


木盾ツリード!」


木属性の下位魔法。1枚で十分と判断したが、直ぐにそれが間違いであることに気づく。

アリスの魔力感知範囲は大きい。それは、精霊の森で培って来た狩人としての技能だ。だが、精査できる範囲は玄人の魔法使いでも限られる。アリスの場合およそ半径10m。球状のドーム内に入らなければその正確な威力は測りかねる。

アリスの脳は既に思考を変えていた。迫り来る翼は驚異であると。

瞬時に5重に貼り替えた木盾ツリードは豆腐のごとく打ち砕かれた。寸前で右側に飛び退いたアリスは正解を引いた。逆側に避けていれば振り抜かれた剣の余波をもろに受けていただろう。

間髪入れず2撃3撃と剣が振るわれる。


『この人目がキマってる!それでも、戦闘慣れしてるな...このままだとジリ貧だ』


際々きわきわで回避するのが精一杯、反撃の余地を与えない猛攻にアリスは声を出す隙さえなかった。


千枝百足センティピード!!』


枝を操る木属性の中位魔法。しかし、簡単に打ち砕かれてしまう。

ギリギリの攻防、避け続けるうちにとうとう痺れを切らした天使は口を開けた。


しゅめいにおいて彼の者を捕らえる」


呪言を唱えた天使の左手が光を放つ。そして、同質の光がアリスの足元から発せられる。

しまった、と思った時にはもう遅く、アリスは転移した。レンガ造りの壁、目の前には鉄製の檻。監獄だ。

冒険を始めたった数時間でアリスは投獄されてしまったのだった。


『俺、何か悪いことしたのかなぁ...』


アリスはただ天を仰ぐことしか出来なかった。そうしているうちにだんだんと力が抜けてついには座り込んでしまった。アリスが唖然としていると、廊下の奥からじゃらじゃらとした鍵の音とつかつかと足音が聞こえてきた。


「珍しいな、ウリエル様が強制送還とは。余程の強敵だったのだろうか...」


独り言を言いながら歩いてきた女性は牢の前で止まった。灰色の短髪、背丈は160cn程だろう。両手と胸部に甲冑を着込んだ、まさに勤勉といった様相の人だ。


「初めまして、私の名前はケファ。警護使団ごえいしだんに所属しており、受刑者と容疑者の管理を任されています。あなたのお名前を教えて頂けますか?」


力が入らないながらアリスは答えた。


「私はアリスと言います。あの、ここはどこですか?私、何かしてしまいましたか?」


「ここは対魔族特化強制封印設置型特別留置場たいまぞくとっかきょうせいふういんせっちがたとくべつりゅうちじょ、チャプレン。あなたが罪人かどうかはこれから調べます」


そう言って、ケファと名乗る人物は腰に着けた大量の鍵束から2つの鍵を取りだした。一つは金、もう一つは銀色の鍵だ。


「取調べのためにあなたを1度完全に無力化する事になりますが、よろしいですか?」


アリスはそれを快諾かいだくし杖を置いた。


しゅめいにおいて彼の者を知る」


その呪言に呼応するように金色の鍵が光を放つ。そして、ゆっくりとアリスの胸に刺さる。不思議と痛みはないが、アリスは意識を失った。ケファは銀色の鍵で牢を開け、アリスの胸に刺さった鍵を回す。アリスの胸が両開きになり、魂が姿を現した。


「これは...!」


ケファは思わず声を漏らした。

彼女の看守歴は長い。今まで魔族、人間問わず様々な魂を見てきた。だが、アリスの魂はただの1度も見た事のない形をしていた。


『魔力量も凄まじい...それにこれは...』


あまりの衝撃に少し笑みがこぼれる。

ケファは開いた胸を閉じ、鍵を抜いた。すると、アリスは意識を取り戻し、抜けていた力も戻ってきた。


「取調べは終了です。結果は冤罪でした。」


ケファは立って一歩後ろに下がり、アリスも杖を持って立ち上がった。


「我々の不手際によりアリス殿にあらぬ疑いをかけたこと、非礼。心より謝罪申し上げます。誠に申し訳ありませんでした。」


「いえ、無罪なら全然大丈夫ですよ...!だから頭を上げてください...!」


今までの人生で見た事の無い深い謝罪にアリスは当惑し、ただ頭を下げ続けるケファを前にワタワタし続けるのだった。

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