第16話

 サンスクリットがスフェールへ戻って数日経ったある日の朝。朝食の準備をしながらアニーサが話し始めた。

「今日の夜は"ラソ"でここに来られそうに無いので先に夕食を作らせていただこうと思うのですが、何が食べたいですか?」

 アニーサは夜に予定があるらしい。サーラは聞き返した。

「ラソって何?」

「シュトルツ族は1ヵ月に1度、一族のみんなが集まって一緒に夕食を食べるんです。夕食の準備も全員で行うので私も参加しに行くんですよ」

 サーラは少し考えるとアニーサに聞いた。

「それってわたしも参加して良いの? 料理は得意じゃないけど、何か出来る事があれば手伝いたいわ」

 アニーサは一瞬驚いた表情をしたが、すぐに笑みを浮かべた。

「勿論ですよ! ラソの準備は昼からなので一緒に広場に向かいましょうか」

 昼まではそれぞれ好きなように過ごした。予定の時間になるとアニーサは、サーラを連れて広場に向かった。


 広場にはもうたくさんのシュトルツ族が集まっていた。彼らはアニーサを見ると微笑んだが、後ろにいるサーラに気付くと驚いたように目を丸くする。

 アニーサは彼らの様子に気付いているのか、いないのかのんびりとした声で一族に声をかけた。

「みんな! 今回のラソはサーラ様も手伝ってくれるって!」

 嬉しそうなアニーサと比べて困惑したような表情を浮かべるシュトルツ族が多かった。中にはサーラにあまり良い顔をしない者もいた。

(来ない方が良かったかしら……)

 今さらだが、サーラは少し後悔する。そんな時、大柄な女性がアニーサとサーラの元にやって来た。


「お姫様がラソを手伝ってくれるとは光栄だね。あたしは、ジャリーラ。おいで、お姫様」

 ジャリーラと名乗る大柄な女性は人好きのする笑みを浮かべた。彼女は牛のシュトルツ族らしい。

 ジャリーラについていくと、既に数人の女性が野菜を洗って、適当な大きさに切っていた。

「まずはこのじゃがいもを洗って、芽をこうやって取り除いて、皮を剥く。ここまでやってもらえるかい?」

 ジャリーラの見よう見まねでじゃがいもの芽を取り除こうとする。しかし、刃物がサーラの手には大きく上手く動かせない。ジャリーラは芽の周りだけを切り取っていたが、サーラは芽のある部分をごっそり取り除いてしまった。結果的にじゃがいもが小さくなったしまう。

 ジャリーラは、サーラが下処理をしたじゃがいもを見ると、面白そうに笑った。

「お姫様! うちの子みたいな剥き方をするね」

 ジャリーラの大きな笑い声に他の女性達もサーラの手元を見る。

「本当だ! うちの坊やみたいな拙い感じだね」

 シュトルツ族の女性達はみんな顔を合わせて笑った。サーラを馬鹿にするわけではなく、小さな子どもが一生懸命お手伝いをしているように見えるらしく、みんなサーラの事を可愛いと感じてくれているようだった。


 そんなサーラを離れた所にいるブレイブとリアンが見つめている。

「みんな姫に慣れるの早すぎねぇ?」

 不服そうな表情を浮かべたリアンがブレイブの隣で魚の鱗を剥ぎ取る。

「一族の者と種族の垣根を越えて仲良く出来るのは良いことだ」

 機嫌が良さそうなブレイブの声音にリアンは怪訝そうな顔をする。

「でもよ、アイツはオレ達の仲間を襲ったスフェール人なんだぜ?」

「襲ったのはお姫さんじゃない。それに本当にスフェール人かどうかも怪しい。お前もあの日、居ただろう」

「そうだけどさ……」

「情報をお姫さんの側近が集めている。あいつが帰ってくれば真相も分かるだろう」

 リアンはつまらなさそうにブレイブを見やる。彼の視線に気づいたブレイブは、何が言いたい? と眉を上げた。

「ブレイブも姫が好きなんだな」

 リアンが言うとブレイブは驚き、顔を真っ赤にする。耳は忙しなく左右に動き、尻尾もフリフリと落ち着かない。

「すっ、好きという感情はない。俺は皆を平等に見ているだけだ」

「そうかぁ? さっき姫を見るアンタの目、シャーリーちゃんを見るような優しい眼差しだったけどなぁ」

 楽しげなリアンの声にブレイブは、からかうなとそっぽを向いてその場を離れた。

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