第15話

 彼等が出ていった後も、サンスクリットは1人で酒を呑んでいた。

 そんな時、来客を告げる乾いた鈴の音が聞こえた。音がする方に顔をやると、外套を深く被り口元しか見えない男がいた。背が高く、口元にある黒子が印象的である。サンスクリットは、何気なく男を見ていたが視線を感じ取ったのか、外套の男はサンスクリットの隣に座った。

「よう、1人か?」

「そうですが……貴方は?」

「俺もだ」

 男はくっくっくっと喉で笑うような声をあげると、店主に酒を頼む。

「外套は脱がないのですか?」

「故郷では脱がないしきたりなんだ。顔を見せるのは身内だけさ」

「故郷ということはスフェールの人間ではないですね」


 男は運ばれてきた酒を一気に喉に流し込んだ。彼が注文していた酒は、かなり度数の高いものだったが酔っぱらう様子もなく、次から次へと新しい酒を頼んでいく。

「俺はサビア人だ。星蜜を売りにスフェールにやって来た」

 彼は口角を上げた。

「ところでお前、普通の人間じゃないな。紫色の髪と瞳。さてはフォルトゥス族だろう」

 サンスクリットは表情を変えることなく、返答する。

「スフェールの少数民族を知っているとは、かなり調べあげているんですね」

「購買層を徹底的に調べあげるのは基本だ。それにしても、まさか本物のフォルトゥス族に会えるとは思わなかった。やはり戦闘民族だからさぞかし腕も良いんだろうな。どうだ、俺の隊商の護衛にならないか?」

 サンスクリットは男を見ることなく、手元の酒に視線を落とし、軽く笑った。

「お断りします。既に雇われている身なので」

 男はそうか、と答えるとすぐに引き下がった。

「そういえば、スフェールの姫君にフォルトゥス族の血を引いた娘がいるんだろう? いつか会ってみたいぜ」

 サンスクリットは答えず、店主に代金を渡して立ち上がった。

「あれま。もう行くのか?」

 男は惜しいように言う。

「飲み過ぎましたので」

「いつかまた会おうぜ」

 男は手を振りながら言った。随分と楽しそうな雰囲気だ。サンスクリットは一瞥すると、店を後にする。


 酒が入ってるせいか体が火照っていて、頬を撫でてくる夜風がひんやりと冷たくて心地よかった。

 サンスクリットは空を見上げる。これからシュトルヴァ領へ戻らねばならない。

 先に調べた事を紙に書いてキアリを飛ばそうと思ったが、シュトルツ族の人間に信じてもらうには紙より自身の口で告げた方が良いだろう。

 サンスクリットはシュトルヴァ領へと足を踏み出した。

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