第14話

 使い古された寝台に座り、サンスクリットは窓を眺めていた。音もなくキアリが舞い降りる。鋭い爪が覗く足には、手紙が付いていた。

 サンスクリットはキアリを撫でながら手紙を受けとる。

 手紙の差出人は書かれていないが、サンスクリットには書かれている字体で送り主が分かった。

「相変わらず字が汚いな……」

 ぼやきながらも手紙に目を通す。乱雑な字が伝える内容にサンスクリットの目が丸くなった。

「サビアがスフェールに同盟を持ちかけていて、同盟は組まないが黙認すると……。狸ジジイの考えそうな事だ。シュトルツ族にサビアが進軍してもスフェール側の援助は得られないな」

 撫でられてうっとりと目を瞑るキアリを愛おしそうに見つめ、サンスクリットは壁に掛けていた外套を手に取る。

「近くで聞き込みをしてみるか」


 宿を出たサンスクリットが向かった先は、スフェールとシュトルヴァ領の国境付近にある酒場だった。酒場には多種多様な人間が集まる。人の数だけ情報も得られる。

 酒場の店主に酒の注文をし、先に運ばれてきた料理に舌鼓を打っていると、横から中年の男に話し掛けられた。

「あれぇ? もしかしてサンスクリット様かい?」

 男はかなり酔っているらしく、呼気が酒臭い。肩を組まれたサンスクリットは、至近距離で臭う香りに眉をひそめながら笑顔を浮かべた。

「先輩、その方は?」

 後ろにいた男の後輩らしき若い男がサンスクリットを見やりながら首を傾げていた。

「バカ野郎! お前サンスクリット様を知らねぇのか! サンスクリット様はな、世界中を旅して回る凄腕の剣士だったんだ! たった1人で何千人規模の盗賊相手に戦って、無傷で盗賊団を壊滅させた事もあるんだぜ!」

 男は自分がやったかのように自慢げに語り出す。サンスクリットは居心地の悪そうな笑みを浮かべ、この話題が終わるのを望んでいた。

「かなりの強さから各国がこぞってスカウトしに来たらしいぜ。サンスクリット様、これって本当の話だよなぁ?」

「まぁ……昔の事ですが」

「お前、握手しといてもらえ! サンスクリット様の強さを少しでも分けてもらっとけ」

 酔った男は無理矢理サンスクリットの腕を掴み、若い男に手を握らせた。

「最近はこの辺物騒になってきちまったからな。きっと俺らの仕事も増えるぜ」

 この男から情報が引き出せるかもしれない。意外な人物にサンスクリットは驚きながらも、男に問う。


「この辺はそこまで治安が悪い印象は無かったのですが……何かあったのですか?」

「国境付近を守るスフェール兵がシュトルツ族を襲って逮捕されちまったんだ。ただね、変なのが逮捕された兵士の顔、誰も見たことがねぇって。国王直属軍ならともかく、この町にいる兵団は小さいからみな顔見知りのはずだ」

 それに、と男は続ける。

「顔もスフェール人らしくないというか……。どことなくサビア人っぽい顔立ちだったんだよなぁ」

 サンスクリットは黙って聞いていた。

(同盟の話と今回の事件、やはり繋がりがあったか……)

 考え込むサンスクリットをよそに、若い男は酔っぱらっている男の腕を掴む。

「先輩、もうそろそろ帰らないと。奥さんに怒られますよ? この前も夜飲み歩いてたのバレてめちゃくちゃ怒られてたじゃないですか」

「鬼嫁の事なんか知らねぇよ!」

「先輩が家を追い出されても泊めませんからね!?」

 賑やかな声をあげてスフェール兵の彼らは店を出ていった。

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